ツレが主夫になりまして(2)

ツレが仕事をやめました。第一回は思わぬ反響を頂き大変ありがたかったです。あまりない事例かなあと思ってましたが、意外と同様の経験をした人多数ということでそれも新たな発見でした。パートナーが主夫になったことに伴って気づいたこと、第二弾を書いてみたいと思います。

「仕事を辞めた」に対する反応

何よりおもしろいなと思ったのが、「仕事をやめた」と夫が皆につげるときの反応が日本人とそうでない人でだいぶ違うことでした。

夫曰く、「仕事やめたんですよ」と伝えると、多くの日本人が反応に困るかんじだったとのこと。無言か、「あ、そうなんですか、、、、」と。

私も「ダンナ、仕事やめて今主夫やってるんですよー」というと、日本企業に勤める日本人の多くの方の最初の反応は、すこし言葉につまりながらの「。。。え、そうなの?!」でした。わたしとしては、「あれ、別に楽しい話題なのだけど、間違えた話題だしちゃった?」と思って話したことを後悔したりしてました。

一方で、日本人でも外資系や新興日系企業に勤める人たちや、欧米の人たちの反応は、「おおお!!!おめでとう!!!!!」といった超前向き反応。次々と握手しながら「おめでとう!」とか、「よくやった!」とか、「うらやましいぜ」という反応なのでした。

この違いは如実ですごいおもしろかった。

転職・退職=良いこと?悪いこと?

おそらく、多くの日本人の潜在的な認識として未だに「転職・退職」=通常から外れること→「大丈夫なのか?」→あまり触れちゃいけない話題の可能性高い→言葉に詰まる、ということになるのではないかと想像します。

一方で、転職・退職が身近にある世界に生きている人たちは、転職・退職→新たな人生のステージへの挑戦→おめでとう!、ということになるのではないでしょうか。

語弊を恐れずに言えば、Traditionalな日本人にとって転職・退職は比較的「負」のイメージであるのに対して、欧米や転職・退職・解雇が当たり前の欧米人や金融マン、それから若い世代にとっては「明」のイメージであるように感じます。それが、「退職宣言」の後の反応の違いにあらわれていた気がします。

ツレが主夫になって気づいた事象その2でした。

 

あとがき(蛇足ですが):終身雇用は悪くない、けど、それがすべてではない。

最近、伝統的な日本企業で勤める知り合いが転職をするというのを聞きまして、たまたま退職直前に話をするチャンスがありました。開口一番「そういえば、退職されるんですよね、おめでとうございます!!!Excitingですねー♪」と話したところ、彼の第一声は、「若い人はそういってくれるんだよね」でした。
私「え、そうなんですか」。彼「特に上の方の世代はね、いろいろ言われたよー」と。

終身雇用を前提としている日本企業は、いい面もあるし、悪い面もあるでしょう。そんな議論は官民ともに、学者たちも交えていくらでもしてますからここでは触れませんが、やはり、日本の終身雇用「神話」は根が深いんだな、と夫の退職を経た周囲の方々の反応の違いで実感。

日本はもはや終身雇用が前提の社会とは言い難いかもしれませんが、それでもまだまだ労働者保護は手厚く、終身雇用が前提となって人事組織制度を構築している日本企業が多いと考えます。そんな企業では、まだもらってもいない数カ月後の給料を家の財産管理計画で考慮に入れることができる、それはとても幸せな環境で、そこから生まれる会社への忠誠心や安心感もあるのは事実。皆が長く勤める前提だから、会社も多くの社員に平等にトレーニングの機会を与えて投資する。だから、組織の外にあえて出ようとする人は、「変わり者」であり、「はみ出し者」であり時として「裏切り者」と考える人がまだまだ多いのかもしれません。

でも、それってやっぱりちょっとちがうはず。

多くの日本人にとってやっぱり転職・退職・主夫って珍しい。そんな、「人と違うこと」をする人に、おお!頑張れ!やってみろ!と自然にいえる力がもう少し日本の文化に根付けばいいなあと思ったのでした。

ツレが主夫になりまして

パートナーが仕事を辞めました。

第一子の出産日、陣痛中に最終面接を受けて入った会社を退社。正確にはまだしばらく従業員ステイタスは残ってるようですが。人生50年と思ってearly retireを目指していたものの、ある日の夫婦の会話で、人生100年時代だとはなしたことがキッカケで、新たなチャレンジをしてみようと思ったよう。

一方で、わたしにとって、はじめて、自分だけが外で働くという状況になったため、これはなかなか面白い体験なわけです。何回かに分けてこの体験について書きたいと思います。

今回の気づきその1.
おそるべきことに変わる自分のマインド。

これまでのわたしは、専業主婦が家にいる場合に、家のこと全てを妻に委ね、それを当然と思っている男性に対してかなり否定的な見方をしてました。専業主婦は、家のマネージャーであり、家事や育児の専任担い手でもない。当然パートナーたる旦那様は、家事育児の分担をすべきであると強く思っています。

ところが!!夫が仕事をやめたら、どうでしょう!

正直に言って仕事してないんだから家のことはもっと自分でマネージしてハンドルしてくれー”と思ってしまったのです!!!

これには自分自身でも、自分の信念主張と、ここにきて出てきた本音の乖離に驚きショックを受けました。

彼は、子の教育には無茶苦茶熱心だし、育児に関してはかなり協力的というかむしろ主力だったわけですが、それでも、やはり主夫初心者。産休育休を合わせると合計一年以上主婦歴のあるわたしからみるとまだまだひよっこ。家事能力についていえば私の力には到底及びません。

最初の一週間、二週間は、しょっ中家事育児お手伝いさんのマネージについて、質問やクレームがきて、いらいら。家のことについて夫に相談しても流されていたりして悲しかったり悔しかったりした自分の過去の経験をすっかり忘れているわけです

いつのまにか、”家のことはすべて家にいる夫がやるべき”というマインドが自分の脳内を支配してしまった結果です。

そして、このマインドが生まれた結果、なぜか、仕事にコミットする時間が増えて残業が増えました。年度末で仕事が忙しいのもあると思いますが、たぶん、それよりも、家のことをやらなくては、早く帰らなくてはという、強い危機感が減り、仕事の時間の使い方が変わったのではないかと思います。

これは、良くない。

自分が非難していた、古典的ジャパニーズサラリーマンになってる!!

この不衛生なマインドは、自分が外で稼いでいるんだから感謝しろという間違った意識、誤ったエゴが生み出しているような気がします。

そして気づいたのは、誰しもこの状況に陥りかねないということ。共働きの働く母ちゃんを続けてもうすぐ9年となるわたしですらそうなるのですから、結婚当初からパートナーが主婦/夫の方や、古典的な日本企業に努めるサラリーマンの方は同様の感覚に簡単に陥るのではないでしょうか。

とすると、いくら、育メンの広がりを目指して意見を発信しても、これは根が深い問題です。

この自分の中で芽生えかけたマインドの芽を除去する方法はなんだろうか。自分は除去することができるのだろうか。夫が主夫の間に解消すること、解決の糸口をみつけること、これはわたしの目標です。次回は、夫が仕事をやめたときの反応について書きたいと思います。ではまたー。

追記:ちなみに、現時点でぼーっといろいろ考えていたところ、結局、家族が一番だという考えを持つこと、会社に縛られないということ、なのかなと思っています。

仕事は、仕事。労力を伴うからその対価として金銭を得ることができるもの。つらくて当たり前。

家族って何も見返りを求めなくていい、安心して帰れる場所。日本の職場は、ある意味で、快適で家族みたいなところがあるけれど、ボーダーレスの世界になっていったら、そんな悠長な姿勢ではとてもじゃないけど勝ち残っていけないのが事実かと。だから会社も変わりつつあって、組織が家族のような存在になっていた日本の伝統的な世界は終わりにならざるを得ないのではないかと思う。ワークライフバランスが叫ばれだしたのも、結局は、そこじゃないかな。日本の経済力の緩やかな弱体化で、会社に余裕がなくなり、共働きが当然になり、結果的に、本当の家族に主軸を置かなくてはもたなくなっていっているのではないかな。

夫が主夫の時間が長くなるほどいろんな感情や考えが自分の中で巡っているので、この点はもう少し時間がたってから整理してかいてみたいと思います。

住み込みのお手伝いさんとの生活ってどんなもの(3)

書く書く詐欺とパートナーに揶揄されそうなくらい、前回記事投稿から時間がたってしまいました。最近の気になる話題でいくと、元SMAP3人の72時間ホンネTV。Yahooニュースで流れてくる情報をみていると、単なる芸能人のゴシップネタではなく、長らく伝統的な日本企業に勤めていた人が、自分のやりたいことを求めて悩んで悩んで悩みぬいて、覚悟して、会社を辞めて、多くの困難が待ち受けているのを覚悟のうえで、前向きに頑張ろうとうする人のように見えてきます。Abema TVの存在すら初めて知った私ですが、最後のフィナーレで彼らが流す涙が、なんだかとても身近に思えて、なんだか勇気をもらっていました。SMAPファンでもなんでもないけど、そんな勇気をもらった人、多かったのではないでしょうか。

さて、住み込みのお手伝いさんとの生活ってどんなものか、今日は最終回の第三回。お手伝いさんとの生活にともなう、悩ましいこと&ありがたいことについて書きたいと思います。

悩ましいことーまさにマネジメント能力が求められるー

小題に集約していますが、お手伝いさんとの生活において、あなたに求められるもの、それはマネジメント能力です。

香港にきて、はじめて、わたしは仕事で、香港人の部下を10人以上持つことになりました。毎日四苦八苦していますが、家庭でも同じことが求められているなと痛感。

何が一緒か。すべて、です。

どこまで裁量を持たせるか、どこまで判断を信じるか、どのように信頼関係を構築し良いチームビルディングをするか、コンプライアンス問題を起こさないシステム作りはどうするか、文化的差異をどう乗り越えるか、どこまで不満や要望を聞きいれるか、どうやって働くモチベーションをキープさせ続けるか、舐められないために・嫌われないためにどうするか、、、

これらすべてのことが、仕事上のマネジメントでも、家庭内でお手伝いさんのマネジメントをするうえでも一緒だなあと感じるのです。

世の中巷にあんなにマネジメントのノウハウ本があふれていることからもわかるように、皆苦労するマネジメント。

まして、会社のようにアセットやルールが整っている状態とは違う家庭で、しかも何よりも大事な子供の命を預ける以上、マネジメントに伴う緊張感・大変さは職場よりも大きいともいえるかもしれません。国も文化も育ってきた環境も違う人を雇うというのは、それなりにエネルギーを使うことは言うまでもありません。

ちなみにテーマはもう上げだすときりがない。しかもむちゃくちゃ細かいことまであげられます。笑

①お財布を預ける中、どこまで買い物内容を把握するか、②部屋にWebカメラを設置するか、③休暇はどこまで認めるか、、、

(ちなみにわたしの現状は以下のようなオペレーション。①→毎回レシートとお釣りと内容をチェック。お釣りがあわないときが、連続した場合のみ、聞く。②→部屋にWebカメラを設置しているが、ほぼ見ていない(見ると気になって仕事にならない)③→法定休暇よりも多くの休暇を付与(自分が旅行がいないときに休んでもらっている)。これが働くモチベーションになると信じて。閑話休題。)

私が素敵だな、と思うママたちは、「そんなの気にしなくていいのよーーー、お互いハッピーに暮らせればそれでOK」と超さっぱりしているのですが、当初私はそんなこと言ってられず、色々ぐちぐちと悩んだりしたものでした。でもようやく最近は慣れてきたかな。

パートナー、キレる

私があまりぐちぐちと家庭内マネジメント業務について悩んでいると、たいていパートナーがぶち切れます。

「なんのために雇っているんだ、悩みを増やす為じゃない。悩みに使っている時間にあたる自分の時給を考えろ」と。

そりゃそうだな、と思ったし、その言葉は、仕事上のマネジメントでも結構役に立っています。

彼、曰く「最悪、子供が生きてハッピーでいれさえいればいいんだ。」と。むむむ。。。ちょっと割り切りすぎな気がするけど、ひとつの考え方だなと思うし、それくらいの覚悟を持っておかなきゃいけないのかもなと、それを言われるたびに思います。

お手伝いさんがいてありがたいこと

これも上げたらきりがない。ありがたいことだらけですが、ひとことに集約するのであれば

お手伝いさんがいるから、「自分のやりたいこと」に時間をそそげる、こと。

逆に、子供がいて、家事育児共に母親の双肩にすべてかかってくる状況だと「自分のやりたいこと」に時間を思い切りそそぐなんてこと、よほどの超人じゃないと無理。

よく、香港やアジアで生活していた人が日本に戻ってから、外国人労働者のヘルパーを受け入れることが、女性活用の活路となると、と主張しているのをみますが、それは、まさにこのことでしょう。仕事がしたい人は、出来た時間を仕事に回せるし、仕事以外の趣味をしたい人は、趣味に回せる環境ができるのです。

また、香港では多くの家庭でお手伝いさんがいるのが普通で、「家事育児→親がすべてやらなければならないもの」という(私が思うに超時代遅れな)価値観がないので、女性の気持ちを軽くし、自分のやりたいことに向き合って進んでいこうとする女性が増やしているように思います。

わたしのように掃除洗濯が大大大嫌いで、家事積極的外注主義にも記載しているように、日本に住んでいた頃から(今のように家事の外注があまり騒がれていない7年前より)がんがん外注していたわたしとしては、「自分のやりたいこと」と家事育児との間でバランスをとりながらキラキラしているママが多い社会は生きやすいし、お手伝いさんがいてくれることを有り難いなと思っています。

それから、もう一つ、他人と暮らす、というのは、それだけで自分の人生を豊かにしてくれます。香港に住まなければ、フィリピンの人と一緒に住むことはなかったでしょう。一緒に暮らすことは、彼らの母国での暮らし、文化について身近に学べるチャンスでもあり、私の視野を広げてくれています。それはそれで楽しいものです。また、先に挙げたように、良い意味で家でもマネジメントの訓練をしているわけですから、仕事でも、ここで鍛えたスキルを活かすことが気がします。

外国人のヘルパー受け入れ、日本の社会になじむのか

実は香港でも、外国人のヘルパーの受け入れが進んだのは、1980年代以降で、1990年代-2000年代に急激に進んでいったといわれておりそんなに長い歴史があるというわけではありません。女性の社会進出が増えていったことに相俟って外国人ヘルパーも増えていきました。

香港人の間でも私の世代の同僚と話すと、ヘルパーがいない中で育ったという人は多いので、こんなに急激に多くの家庭でふつうに雇うようになったというのは、2000年代以降の話といえるのではと思います。と考えると、日本社会でも、ビザの壁がぐっと下がれば一気に広がる可能性もあるかもしれません。

ただ、人口減→外国人労働者、人口減→女性の社会での活用→家事は外国人労働者、という安易な考えで施策を進めるのは絶対にやめるべきだと私は思っています。リモートでしか日本の状況はわかりませんが、今の報道をみていると、あまりにも議論がされていない気がします。

トップダウンで進めてはじめて道ができて進めていって成功するというケースも多いですが、このような制度導入は、日本国民だけでなく諸外国の人々の生活・幸福に直結する話です。あとから、ハイヤーメタ、で済む制度設計の話ではないというのが私の持論です。制度を作る側の官公庁の人々は、外国人ヘルパーを雇って一緒に生活するといったことをしたことがない人ばかりだと勝手ながら想像します。だからなおさら、議論を尽くしてほしい。それが私の願いであり、この3連載を書いた大きな理由の一つです。

住み込みのお手伝いさんとの生活ってどんなもの?(2)

香港で、共働きをする以上、住み込みのお手伝いさんは必須。住み込みのお手伝いさんの多くは、フィリピンやインドネシアといった外国からの出稼ぎ労働者です。日本でも、家事や介護といった分野について、外国人労働者受け入れという話が広がりつつある中、外国のお手伝いさんとの共同生活について、前回(住み込みのお手伝いさんとの生活ってどんなもの?)に引き続き、ご紹介します。

今日は実際の生活について。

お手伝いさんは、どこに住むの?

香港の場合、お手伝いさんは、住み込みでなければなりません。別の家の住んで通い、というケースも多いですが、それは違法です。ではどこにすむのでしょう?我が家の場合は、アパートにMaids Roomがついているので、そこに住んでもらっています。我が家のMaids Roomはかなり平均より広い方だと思いますが、それでもだいたい三畳程度の部屋です。トイレ兼シャワーがついています。

Maids Roomがついている場合は、そこに、部屋が余っている場合は、部屋に住んでもらうケースが多いと思います。部屋がない場合は、子供部屋で一緒に寝ている、とか、リビングのソファーで寝ている、とかそういった環境になってしまっているお手伝いさんも多いようです。

こういったお手伝いさんの住環境については、しばしば問題視されています。雇用主の家への居住が法律で義務化されたのは、2003年以降であり、そもそもこの義務自体が、お手伝いさんの基本的人権を侵害しているという声もあります。雇用主によっては劣悪な環境しか与えられないケースもあり、この点はわたしもしばしば、我が家はハッピーな環境を提供することが出来ているのだろうか、と悩ましく感じることもしばしば。

いつからいつまで働くの?

勤務時間についての法定はありません。非合理的で、虐待であってはならない、という抽象的な制約がほどこされているのみです。

我が家の場合は、平日はこどものお弁当の準備をする時間からこどもが寝る時間まで、お願いしています。仮に、両親いずれも残業で遅くなった場合は、うちの子供たちが寝た後も、自身の部屋のドアを開けて、子供たちが泣いたら聞こえるようにしてくれています。

正直、他の家庭よりも大変だろうなあと申し訳ない気持ちですが、こればかりは仕方ない。彼女が起きる前には起きるように心がけ、できるだけ早く家に帰るようにしています。

何をしてもらうの?

これも、各家庭によるところが大きいところ。私は、子育て、家の掃除、ごはんづくり、買い物、送り迎え等々なんでもお願いしてしまっています。とにかく、家事・育児全般です。日本にいたときよりも、仕事に充てられる時間や、休息に充てられる時間は増えました。

日本人の家庭は料理は引き続き母親が担う、というケースも多く、我が家も当初は完全に私が担っていましたが、最近では、夕飯の準備はお願いしてしまっています。とはいえ、やはり、食事はどうしても気になるのは、日本人だからか。

それから、教育については、我が家はどうしても、日本語教育・英語教育になるので委ねていません。

休日は?

休日は、週に1回というのが法定されているほか、継続勤務年数に応じて年間の有給休暇数が定められています。勤務年数が1年の場合は、年間7日。

日本の場合は、基本的には、雇い入れの日から6か月経過しており、その期間の全労働日の8割以上出勤している労働者は、10日間の年次有給休暇が付与され、継続勤務年数が増えるごとに、この日数は加算されています。これに比べると少ないですが、そもそも、お手伝いさんに認められる有給休暇数というのは、香港の労働法で法定されているもので、お手伝いさんに限らず適用されるものになります。香港は労働者保護がかなり低い法制度となっていますので、そもそも日本とはその点が大きく異なる点といえるでしょう。

有給休暇を除けば、多くのお手伝いさんは、日曜日にお休みをもらっています。なので、日曜日、香港の町中を歩けば一目瞭然。多くのお手伝いさんたちが、思い思いにつどって、遊歩道の端に座ったりしてミニパーティーをしたりしています。楽しそうなグループをみると、元気をもらえますが、ただ、段ボールを敷いて日陰を作って寝転がって休んでいる人をみると、複雑な気持ちになります。

我が家のお手伝いさんは、とてもきれいな方で、おしゃれさん。普段は全く化粧をしていないですが、休日はここぞとばかりにめっちゃおしゃれをして出かけます。しかも、きれい。そのギャップにプロ意識を感じるわたし。

食事は?

食事は、シェアするか、シェアしない場合は食費(最低食費は法定されています)を給与と一緒に支払う必要があります。彼女の希望我が家は食費を払っています。

といっても、これも悩ましくて、食費は法定されているとはいえ少なく、現在の法定最低食費は月額HK$1037(約1万4600円)。うちから徒歩圏内の唯一のスーパーは、かなりお高いので、この食費は一気に消えるはず。なので我が家のお手伝いさんは、週末どっかで買ってきたり、少し遠出して買い物にいったりしています。わたしも、ときどき、これ食べる?といってシェアしたりしながら。

食事の収納場所は、冷蔵庫の一段をお手伝いさんに渡して使ってもらっています。

食事は、お手伝いさんは、別にとっています。これも各家庭によると思いますが、我が家は食事中の会話は日本語にしたかったので、食事は別にとってとお願いしました。二人目の子が食事をするようになってからは、我々の夕食の間、お手伝いさんには、息子の食事対応を手伝ってもらっています。ありがたいことこの上なしです。

こどもの世話は?

我が家は、両親ともに日中全く家にいないので、その間のこどもの世話はすべてお手伝いさんに委ねています。

上の子のスクールバスピックアップ、習い事への送迎、下の子のお世話、すべて。彼女抜きでは何も回りません。上の子は学校にいっているのでいいですが問題は下の子のお世話。おそらく、日中赤ちゃんと二人きりだと気が参るだろうと、積極的にプレイルームに出かけて、とお願いしたり、マンションの住人用のプールの利用カードを渡してプールに一緒に行ってもらったりしています。

また、最近では、近くのプリスクールが提供している、プレイグループに申し込んで週三回1回2時間のお遊戯クラスに連れていってもらっています。このプレイグループ、実は、私自身は、一度トライアルで行っただけ。あとは一度も顔を出したことがなく(平日日中ゆえ)、同じプレイグループのお友達の誕生日会に招待されて初めて行ったところ、「〇〇(うちの息子)が、日本人だって知らなかった」と言われました笑。プレイグループに参加しているこどもで、親と一緒の人こどもと、お手伝いさんと一緒のこども、大体は半々だそうな。

総括

具体的な生活運営のところは、こんなところでしょうか。

ちなみに、ある香港人家庭では、「食事を別にするのは、ちょっと。。。我が家は食事は絶対シェア、そのほうが安全だから」と言っていました。それを聞いたとき、少しひやりとした冷たいものが背中を走りました。それと同時に、確かにそういう見方もあるよな、と思いました。

それくらい、他人を、しかも違う環境で生まれ育った人を、家にいれて一緒に生活をして、こどもの命を預けるというのは緊張することです。制度も何もなく、他人の目が届かない家という密室空間で委ねるので、国や地方自治体がきちんと制度構築をしている日本の保育園とはわけがちがうのです。すべて自己責任の世界です。

雇っているお手伝いさんを信じてないの?と非難が出るかももしれませんが、私は、上記のような意識を持つ覚悟がない以上は、お手伝いさんを雇うというのはやめるべきだと思っています。

そういったところから来る悩みも含めて、お手伝いさんとの生活にともなう、悩ましいこと、ありがたいこと、については次回お伝えしたいと思います。

住み込みのお手伝いさんとの生活ってどんなもの?(1)

住み込みのお手伝いさん、、、と聞くと、いの一番に思いつくのは、市原悦子扮する家政婦さんが働いているような立派なお屋敷とそこに住む華麗なる一族。。。

ですが、香港ではまるで事情が異なります。

香港でワーママをするにあたって最大の特徴が住み込みお手伝いさんの存在です。そもそもフルタイムで働く人が利用できるような日本式の保育園が、非常に数限られており、というか、ほぼない、と言い切っても過言ではない。

フルタイムで働きながら子供を育てるには、お手伝いさんを雇うか、完全に親などに頼るかのどちらかです。

共働きの家、シングルファーザー、シングルマザーの家では、多くの場合住み込みのお手伝いさんを雇用しています。

というわけで、香港で仕事を始める中で何よりの懸念点は、良いお手伝いさん(英語でHelper、広東語でアマ)を雇えるかどうか、そしてうまくマネジメントできるか、という点でした。

日本でも、家事や介護といった分野について、外国人労働者受け入れという話が広がりつつありますので、少しわたしの生活を何回かに分けてご紹介します。今日は主に制度について。

どんな人がお手伝いさんに?

香港の一般家庭の多くのお手伝いさんが、フィリピンやインドネシア等の近隣諸国からの出稼ぎできた女性たちです。雇用する各家庭が、雇用主としてビザの保証人のようなものになり、雇用契約締結と同時に、彼らのビザ申請を香港政府(香港入境事務所)に対して行います。つまり、雇用契約が終了すれば、ビザも終了。お手伝いさんたちは、すぐに新しい雇用主を見つけなければ、ビザが切れ、本国に帰国しなければなりません。お手伝いさんたちには、色んな方がいらっしゃいますが、多くの女性たちは、本国にこどもたちを残して、働きに来ています。

お給料は?

雇用契約のフォームも、休暇も最低賃金も支給すべき最低食費もすべて細かく法定されています。2017年4月現在で、最低賃金は、月額4310HKD(約6万円)、最低食費は、月額1037HKD(約1万4千円)です(香港政府サイトより)。香港の平均給与が2016年で、月額HKD16,200(約23万6千円)ですから(政府統計処公表資料より)、この最低賃金は、香港の平均給与よりはかなり低い設定になっています。

一方で、この収入は、色々なデータがあったので、正確性のところを担保できませんが、フィリピンの首都マニラの女性の平均給与を上回るものになるようです。実際に、教員免許や看護師資格があっても、香港で働いた方が収入が高くなるので香港でお手伝いさんとして働いているという人に何度かあったことがあります。

ちなみに、これは実際に調べたわけではないですが、近隣諸国でこのように外国人労働者のお手伝いさんを受けていれている地域で、香港は一番この最低賃金価格が高くなっているようです。例えば、シンガポールは、2016年時点で月額S$550(約4.5万円)。本国に近いということ、休みが確保されているということ、から、中東やシンガポールから香港に転職してくるお手伝いさんは多いのが実情です。

「住み込み=同居」がルール

雇用主は、住居を提供するのがルールになっています。もっと正確に言うと、法律上は、住み込みじゃなくてはなりません。ただ、スペースの問題で場所を提供できないという雇用主や、そもそも同居はいやだという雇用主も多く、住居費用を別途支払って、通いできてもらっている雇用主も少なからずいます。厳密にいうと、これは法律違反になりますが。。。

どうやって探すの?

とにかく共働きをする以上は、自分たちも外国人で親族が周囲にいない以上、お手伝いさんを雇うのは必須だった、わが家。私が働くにあたって、必死に良いお手伝いさんを探しました。探し方は、色々な方法がありますが、メジャーなやり方は、①エージェントを使う、②友人の紹介、③友人のお手伝いさんからの紹介、です。

②友人の紹介、というのは、やはり、信用力が違います。本国に帰任することになったから、ということで、その家庭で働いていたお手伝いさんを雇う、という方法。ただ、こればっかりは、タイミングとご縁。なかなか頼っていられません。

③友人のお手伝いさんからの紹介、という手法もあります。お手伝いさんたちは、お手伝いさんたちの中でのネットワークを持っていますので、そのネットワークに頼るわけです。

結局我が家は、①エージェントを使って紹介してもらい、面接を行いました。香港には大量のエージェントがいて、彼らにいって、候補者を紹介していただくというものです。エージェントによっては、香港で候補者を見つけることができず、スカイプ面談というケースも。我が家は直接会うことを重視したので、香港にいる候補者を紹介していただける方を選びました。

ちなみに、知り合いの中には、休日のお手伝いさんの輪に入っていって、お手伝いさん募集という紙を配って面接をした、というツワモノも。

心の葛藤

お手伝いさん制度に完全に立脚している香港では、私からみると、それに依存しすぎていて、保育園制度などの発展が遅れているように感じます。生鮮食品のオンラインデリバリーが発達していないのも、しかり。そのため、香港で、共働きをする以上は、お手伝いさんを雇うことは必須でした。

一方で、本国に子供を残して出稼ぎにきている人たちをやとうことが、本当に社会のためにいいことなのか、ということについては、葛藤を感じざるを得ませんでした。そういうくらいなら、高給で雇えばよい、という考えもあるかもしれませんが、我が家は、普通の家庭で、そこまで経済的に余裕があるわけではありません。使える予算も限られています。

今のところ、出ている結論は、我が家の家庭で働くことでハッピーだと感じてもらえて、それが彼女の家族にとっても良くなればいいのではないかと思うにいたっています。社会制度自体を変えていくのは、時間がかかるし、私の今の立場でできることは限られている。でも縁があって一緒に住むことになった方をハッピーにすること自体はできるはず。そう思っています。

さて、次回は、具体的な生活の様子についてー。

突然の夫の転勤とわたしのキャリア=人と違うことをおそれずに=

久しぶりの更新です。今日は、会社の中で人と違う道を進むこと、についてここ1年‐2年考えてきたことを書きたいと思います。

最初に‐30代半ばにさしかかり焦る心‐

少し話がそれますが、最近SNSやニュースで目が行くのは、起業・独立して活躍している同年代の記事。みんな、キラキラしていて、企業のしがらみとかそういうの関係なくて、色々な特集が組まれていたりして、ひたすらすごいなあと思いながらそういった記事を読んでいます。

同年代がどんどん活躍していく一方で、自分を見返すと、、、新しいアクションを起こす勇気もパワーもなくて、日々目の前の仕事に打ちのめされてそれをこなすのがいっぱいで、、、私が社会に残せているものってなにかあるんだろうか、そう思って、ものすごい焦燥感に駆られたりもします。30代半ばにさしかかり、何か新しいアクションを起こすにはそろそろラストチャンスのような気もする、そんな気持ちに駆られるのです。

そんな自分を鼓舞するためにも、今日はこの話題を。家族で香港に来た理由について、そして、わたしが今なお、新卒当初からお世話になっている会社のしかも香港オフィスで働き続けている理由を書きたいと思います。

わたしが香港で働くにいたった経緯

当初はいろんな思いが交錯して、この話題には触れないようにしてましたが、働き出して1年以上経ちましたし、そして何よりも、わたしのようなケースがあることで、たった1人でもいいから勇気づける人がいれば、という当初の強い思いを少しでも実現するためには、と思い書くことにします。多くの働く女性は、私のように企業に属して働いて、どうしたらいいか、自分はどういうキャリア築いていったらいいか、と悩んでいると思うので。

過去ブログと経歴欄をご覧いただければわかるように、わたしは、ちょうど4年前から2年間、留学と研修の一環の出向でニューヨークにいました。別の会社で勤めているパートナーもわたしの異動に合わせて異動願を出し、一月遅れでニューヨークオフィスへ異動。日本の”通常”であれば、別居か、パートナーが転職し(または離職し)ついてくる、というどちらかのパターンになるところですが、周囲のサポートをいただけてありがたいことに、家族でニューヨークに行き、生活することができました。

突然の夫の転勤話

そして、米国研修完了後、当初の予定では、家族揃って日本に帰る予定でした。が、今度はパートナーに香港への転勤の話。さて、困ったどうしたものか。

むちゃくちゃ悩みました。毎日毎日、どうしたらいいか。元来、根暗なわたしですが、もう、カビが生えるんじゃないかと思えるくらいずっとジメジメとなやみつづけました。近くでぐちぐち言いつづける、わたしの話を聞き続けてくれた、パートナーと親友は本当に大迷惑だったと思います。。。

でも、やはり、家族と一緒にいる、これがわたしの最優先事項でした。それは、変えられない。なので一度は、お世話になった&留学まで行かせていただいた会社を辞める覚悟で、上司に相談をしました。

上司のはからい

そして、思いもよらず、香港で働けばいい、そういうお話を頂きました。びっくりしたのと同時に、この話を受けること自体が本当によいものか、悩みました。働いている以上、会社のお荷物にだけはなりたくない。寧ろ活躍したいし、人よりも成果を出したい。それが、できるのだろうか。もっといえば、この話を受ける以上は、当然よい結果を出さなきゃいけない。

あまり前例を聞かないアレンジであることは間違いなく周囲の目もそれだけ厳しくなることは想像に難くなく、その中でやりきることができるのか。

でも、悩んだ末、自分がそういったキャリアを歩むことで、あぁ、そういったやり方もありなんだー、だったら、あんまり考えすぎずにわたしもやってみようかな、、と思ってくれる人がひとりでも増えれば、いいなぁ、そして、そういったイレギュラーなキャリアの継続の仕方もありなんだと気づいて応援してくれる人が社内に、ひいては、日本の社会に少しでも増えてくれれば、そう思ってこの頂いた大きなチャンスを受けることにしたのです。

「特別待遇」の中で感じたこと

このような「特別待遇」をいただけたこと、これに対する葛藤は、働き出してから半年間ほどずっと続きました(実はまだその葛藤から抜け切れていないかもしれません)。

それでも私は目の前の仕事に誇りをもって取り組むためにも、このポジションを頂いたことを「特別待遇」と思わずに、「出来ると思われたから大きな機会を与えてもらった」と思うように気持ちを切り替えて、自分を鼓舞して1年強やってきました(そうでなければ、スーパー「気にしい」の私は途中で心が折れていました)。

そうして1年経ってみると、(自分の感覚が麻痺しただけかもしれませんが)、周囲は香港に来た経緯なんて気にしていなくて私のパフォーマンスだけをみてくれていることをなんとなく感じられるようになってきました。

何がいいたいかというと、少し「目立つ」処遇があると周囲の反応は気になるかもしれませんが、目の前の仕事に明るく全力投球していけばいつしか皆あまり気にしなくなる、ということです。逆に「特別待遇」をもらったと思って自分を卑下して周囲の反応ばかり気にして仕事していると自分らしさを失い結局良いパフォーマンスを発揮できなくなる気がしています。

チャンスをいただくことを恐れずに

実はこの話は、私のような転勤、といったケースだけではなく、いろんなケースにあてはまるな、と思います。職場でマイノリティであることが多い女性たちは、キャリアを進めていく中で、人とは違う状況にぶつかることが出てくると思います。人と違う状況になっても、顔をどうどうと上げて、背筋を伸ばして突き進むこと、目立つ以上逆風も吹くのは当然で、その中でも自分らしく進んでいればきちんと評価してくれる人も出てくること、それを(自分自身に言い聞かせつつ)多くの人に伝えたいのです。

チャンスをいただくことを恐れずに進んでほしい。チャンスがなければ、チャンスをとりにいってすすんでほしい。そうして進んでいくことで、自分の後ろに細くても道ができているかもしれない、そう信じて。

少なくとも私はそう信じて、今はこの目の前の与えられた機会で最大限の結果を残せるように毎日を過ごしている、そんな日々です。

 

物申すのが保護者の役目?NY&香港パパママたちの驚くべき行動力&発言力

前回の記事「学校への連絡にFAX!?=便利ツールを使おうよ!NY&香港の学校のコミュニケーションツールを紹介します=」が意外と反響を呼びました。その反響の中で、「学校側に改善を求めたら、モンスターっていわれちゃうかな」というコメントが。自分に置き換えて考えてみました。うん、私が日本にいたら、まわりの目を気にして(特に周囲の保護者や学校の先生からの視線を気にして)なんにも言わないな、絶対。

実際、日本にいたときに、東日本大震災が起き、その後、保育園の園舎の耐震が心配だという保護者の声があがり、(もともと1年後に新築のところに引越す予定があったところですが)急遽プレハブ園舎が建てられたというとき、それらの保護者の方々の活動には積極的に参加せず、だった私。

そんな私が、驚いたのが、NYや香港のパパママたちの驚くべき行動力と発言力でした。6年前、何も発言しなかった自分自身への自戒の念を込めて&わたしのような保護者達も日本でも適切な主張する勇気がもてるようになるように、私が驚いたNYや香港のパパママたちの超積極的な姿勢をご紹介します。

NYで(学校は先生・保護者・地域が共につくりあげるもの)

私の短い経験ではありますが、NYは、そもそも主張をしなければ何も考えていないor異存はないと思われるところ。学校の授業でも、職場でも、とにかく発言することが求められていました。発言しない人はその場にいる意味なし、くらいの勢いです。その文化が学校運営にもあてはまっている印象があります。要は、「保護者の声いつでもWelcome!!!」の姿勢。

学校側は、ボランティア等での保護者の積極的な参加を求めますが、同時に保護者からの声も積極的に受け入れる姿勢が強くみられました。そもそも学校教育自体が「発言しない=無価値」(いいすぎ?笑。でも、これを毎日感じていたのがアメリカ時代のわたしの体験)みたいなかんじなので、親に求める姿勢もそうなってくるのでしょう。

だからこそ、親も発言するし、行動します。だめだと思ったら積極的に学校のシステムを変えにかかるのです。

たとえば、娘の通っていたPreschoolでは、保護者が働きかけてオーガニック食材を使う給食に切り替えさせていました。

ほかにも、新学期の前になると、新しい担任の先生についても積極的に校長に意見。「いままでの先生は素晴らしい先生だったから、次もそのような先生がくることを期待しています」と。(そういった声が実ったのか謎ですが、いい先生が実際に担任になりました)

たとえば、娘の通っていた公立小学校では、学校説明会でも、質問と意見の嵐。こういったルールはおかしいから直すべきだ、なんて意見がしょっちゅう出ていて、リーズナブルなものはどんどん導入されていっていました。

また、親の方から学校行事についての提案があり、学校側が当初予定していない学校行事なんかもちょくちょくありました。私自身、「◎子供の学校との付き合い方シリーズ2◎海外で働きながら学校とうまく付き合う三つのヒント」にも記載しましたが、勝手に折り紙教室やお別れ会を企画して、クラスに押しかけたりしていました。

まさに、学校というものは、先生と、保護者と、地域が共につくりあげるもの、ということを体現していたように感じます。

香港で(PM2.5対応に驚く)

香港ではインターに通っているので、おそらく上記の米国文化?欧米文化?が引き継がれているのでしょう、同じように保護者の発言力なかなかすごいです。なかでも最近特に「すごいなーーー」と脱帽した事件をご紹介。

冬の香港、実は北風にのって中国大陸の大気汚染が流れてくるせいか、ちょくちょく空気が悪くなります。先日は、PM2.5の数値が150を越え、普段は特に感じない鈍感な私ですら、なんだか喉がいがいがして、子供たちも咳が出始めたときがありました。そのときの保護者の反応がすごすぎました。

まず、PM2.5の数値が特にひどい日、即座に、Whatsappで”Air Pollution Concerns”というスレッドが立ち上がる(希望する保護者は全員入れる)。

そして、どうやったらこどもへの影響を最小限にすませることができるか、はてはマスクはどういったものがいいのか、、、等の議論がものすごい勢いで交わされる。このときオフィスにいましたが、私のプライベート携帯の画面にひたすら新着メッセージが届いておどろきました。

極め付けに、その日のうちか翌日には、どなたかが、大気汚染による市民の健康を考え活動を展開するNGO団体と提携を決定。そして、NGO団体による校舎のモニターをしてもらうことになりました。

性別問わず保護者が積極的に意見を交わし、行動を起こしている姿に驚きました。

日本は…?

さて、日本はどうでしょう?日本で「保護者」をしていたのはたったの三年。しかも公立保育園のみで、小学校の様子はわかりません。そのため、想像で物申すのは気が引けるのですが、、、ただ、親の意見はいくらでもウェルカムで親の意見もひとつの学校改善の手段というスタンス、、、というものはあまりないように思うのですが、どうでしょうか。

あくまで、一般論ですが、保護者の方には、「学校には通わせていただいている」という思いが強く、学校側には「学校の仕組みは、我々が決めるのである。保護者は必要なときだけ協力してほしい」という姿勢が強くあるように感じるのですが、どうでしょうか。

しかし、、、こどもの教育にとって良い環境を、という思いは保護者も学校も皆同じ。そのためには、積極的に議論を交わして、どんどん改善をはかっていこうとする、NYや香港のそんな雰囲気が、日本でも広がればいいなあ、とそう思います。

学校への連絡にFAX!?=便利ツールを使おうよ!NY&香港の学校のコミュニケーションツールを紹介します=

ひさしぶりに「逆」カルチャーショックをうけました、この記事「欠席連絡はFaxで 小学校でメール不可の深い理由」を読んで。

ざっくりいうと、この記事によれば、「小学校の欠席連絡などに、FAXを義務付けるのはおかしい――。こう訴えた匿名ブログの記事が、ネット上で大きな反響を呼んでいる。」らしいのです。色々賛否両論が繰り広げられているようですが、記事の中でも仰天したのが、この部分。

以下引用+++++++++++++++++

東京都教委の義務教育指導課では1月30日、J-CASTニュースの取材に対し、学校によって違い、調査したことはないとしたうえで、次のように話す。「FAXは、都内では聞いたことがありませんが、電話で連絡したり、連絡帳を預けたりすることが多いと思います。連絡帳にしている学校でも、近所に友達がいないなどの理由があれば、電話やFAXでもいいとしているはずです。ただ、メールについては、連絡に使うのは極めて難しいでしょう。教員が保護者と私的な用件に使うなどの恐れがあり、外部の人とやり取りができないよう厳重に管理されているからです」
文科省の児童生徒課でも、「FAXは、あまり聞いたことがありません。電話か連絡帳が多いと思います。メールは、連絡に使うのを認めている学校はないのではないか」と取材に答えた。

引用終わり+++++++++++++++++

さて、ここで一言。

いまだに連絡帳なんですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

おっと、興奮して思わず文字を大きくしてしまいました。。。はい、たしかに、四半世紀前、私がまだ小学生だったころ、連絡帳に欠席を記した上で、友達に委ねていました。同じ登校班のお友達に母が預けに行っていたと思います(というかそもそもほぼ皆勤賞だったためそういった機会はかなり限定的だった気がしますが)。

でも、でも、でも、Faxなんてないし、我が家は固定電話も敷いていません。Faxにしろとか言われたら、困り果てます。。。コンビニに行く時間なんて朝のクソ忙しいときにないし。涙。

いまどき、契約のサインだって、PDFで送りあったりしているのに、なぜだめなんだ!!上記で引用させて頂きました都教委の説明とやら(「保護者と私的な用件に使う恐れがあり」)もはっきりいってナンセンス極まりなく感じるのは私だけでしょうか。私的な用件に使いたいと思う人は、どんな手段を使っても使うだろうし、すべてのメールについて、例えばいつでも上長が職員のメールをチェックできるシステムにしておけばある程度そういった行為は防止できるだろうし、いくらでも防ぎようがあるのでは。。。

1.NYの小学校でのコミュニケーションツール(がんがん使うよ便利なツール)

NYにいたときに娘が通っていた公立学校では、メールや、その他外部の掲示板システムもフル活用していてとても便利でした。これで不便を感じたことはありません。日本でもこういったシステムが導入されていればいいのになあと、当時も思いましたし、前述の記事を読んだ今となってはそれを強く強く感じますので、ぜひここでご紹介したいと思います。

1-1.NYの小学校で*学校や先生とのコミュニケーションはすべてメール

クラスごとのメーリングリストが作られ、学校からの連絡は、宿題を除けば、すべてメールできました。いわゆる「お便り」もすべてPDFファイルでメールに添付されて送られてきました。

家に帰ってから食事の準備、宿題のチェック、寝かしつけ、その他家事、仕事の残りと追われていると、正直学校のかばんの中身をチェックする時間すら慌ててできないこともあります。また学校からのお便りを読もうと思って会社の鞄にいれて持ち歩くも結局会社に置き忘れて、いざ家で読みたいと思ったときに手元になかったり。というかそもそも家中散らかっていて、いい加減なわたしはなくしてしまったりも平気でします。

ところがメールで全部の連絡がくれば、後で参照するのも楽。検索もできるので、すぐに見つけられるし、時間がある隙にチャキチャキメールを読んで情報を整理することができるので、ありがたい限りでした。

親から先生になんらかの連絡があるときもメール。パートナーと情報を共有したいときは、Ccを落とせばいいだけなので、その後のコミュニケーションもよくわかりました。

1-2.NYの小学校で*クラスごとの掲示板(外部提供の掲示板を利用)

NYの小学校では、クラスごとの掲示板がありました。学校独自のWebsiteもありましたが、もっぱらクラスでは、こちらの外部提供のサイト(shutterfly)を使って、メンバー限定で写真やスケジュール等をシェアしたり、イベントへの参加可否の確認、保護者ボランティアの応募等を行っていました。たしかメールもこちらのサイト経由でクラスの保護者全員にしていたはず。

親がボランティアで参加した学校イベントの写真をアップすることができたりするので自ら写真もチェックできるし、我が家のようにパートナーと二人でカバーしあいながら学校のスケジュールを管理しなければならない家では、登録すればだれでもアクセスできるこのシステムは大変便利でした。

2.香港の小学校でのコミュニケーションツール(NYよりちょい不便)

さて香港の小学校はどうでしょうか。香港ではインターに通っているので、ローカルの公立学校とは少し違うかもしれませんのでこの点ご承知置きいただければ。実は香港にきてからは、この学校連絡に若干イライラしていました。が、冒頭の記事を読んで、あ!日本に比べると、全然香港の方が楽なのか?!と思ったり。

2-1.香港の小学校で*学校や先生とのコミュニケーション、基本はメール、ときどき紙のお便り

学校からの連絡事項、先生とのコミュニケーションはやっぱりほぼメール。学級通信も先生がPDFで作ってそれをおくってくださいます。ところが!なぜか授業料のインボイスとか、月間スケジュールとか、時々ある重要な連絡が、紙媒体で、こどもの連絡袋に入って持ってかえられてきます。結構不意打ちなので、いい加減な私は、チェックミスをすることもしばしば。。。

2-2.香港の小学校で*学童(アフタースクール)やボランティアの申し込みはすべてGoogle Formを使って

香港の小学校で、アフタースクール等の希望者だけのイベントの参加可否を確認するものについては、Google Formが使われています。NYで使っていた、shutterflyと違って、他の参加者や過去の自分の申し込み状況が一覧できないので若干使いづらいですが、、、紙に記入して申し込むよりは便利かなあ。先生方の負担も減るかと思います。

2-3.香港の小学校で*親同士のコミュニケーションはWhatsapp

ただ、一番困ってしまうのは、親同士のコミュニケーションは、なぜか、Whatsappが多い点。。いや、香港は、親同士だけではなく、業者との連絡とかですら、ひたすらWhatsapp。日本でいうところのLINEですね。。。これが不便。検索もできないし、いちいち全保護者の連絡先を登録しなければならないし、あとからの検索もできない(Whatsappを自身のプライベート携帯にしかインストールしていないこともあるせいか?)。

会社の携帯、プライベート携帯、会社のiPad、自分のiPad、それからラップトップ等一番近いデバイスでいつでも情報をチェックしたいのに、Whatsappは基本的に同時には一つのデバイスでのアクセスしか認められておらず(LINEもそうかな)これも不便。。。なんとかならんか、Whatsapp。。。。

3.まとめ

というわけで、日本の公立小学校もぜひ積極的に、上記のようなツールを導入していったらいかがでしょうか。余計なコストはかかりません。学校や先生方の管理もこちらのほうがよっぽどしやすいと思います。少なくともメールだけでも導入してはいかがでしょう。

情報セキュリティの観点から、こういった情報をGoogle等に渡すのはだめだ、、、ということであれば、まあ自分たちのウェブサイトを一から作り上げるしかないのですが、学校入学時に保護者全員からこういったツールを使いますということについて書面承諾をとるというプロセスを経るだけで学校側がクレームを受けることはなくなります。それに、そもそも、こういったことについて反対する親がどれだけいるのか、、、、なぞ。

NYから香港にきたとき、学校とのコミュニケーション等で非効率なこと多いなあと思いましたが、日本は携帯もなくてWindows 95も出ていなかった、四半世紀前とおなじ状況と思うと不便を感じるというか、不安になります。世に出てきた便利なツールを、リスクを踏まえて(ちゃんと検討していないだけかもしれませんが)どんどん利用していく、それはアメリカの強みだよなあと思いましたが、NYから香港にきて、日本の状況とも比べて、学校とのコミュニケーションにもそれを強く感じました。

ちなみに冒頭のFaxですが、、、Faxといえば、大学時代の教官の最初の授業での発言が忘れられません「盗聴される可能性がありますので、質問は必ずFaxでお願いします」との一言(その教官は、若干その他の先生方とは雰囲気が異なる方で、授業の形態もかなり一風変わっていらっしゃいましたが、、、)。そう、たしかに盗聴を恐れる場合は、たしかにFaxはメールよりも有効です。冒頭の学校が、盗聴をおそれているのであれば、上記の議論はすべてむだですのでご放念ください。

ダイバーシティの基盤、それは、ひとりひとりの「想像力」(2016アメリカ大統領選挙を踏まえて)

img_4678まさか、が起きました。

なにが?

昨日はアメリカ大統領選の日。予想もしなかった、トランプ勝利という現実をヒラリーの負けが濃厚になってからすでに何時間も立ってるのに受け入れきれずにいる自分がいます。

このショックは、BREXITを英国民が選んだ日のショックよりもはるかに大きいです。

はじめて自分が故郷を遠く離れて生活をした国の現実を突きつけられたからか。brexitに引き続き、トランプ勝利という事態が起き、まともに目を向けようとしてなかった現実の一片を駄目押しのように改めてつけつけられたからか。

今日は平日ですが、この気持ちを書き留めずにはいられないので、明日の仕事も明日の朝のお弁当も少しだけ忘れて、ダイバーシティについて最近感じていたことを、今日の大統領選結果を踏まえて少しだけ呟いてみたいと思います。

忘れられないNew Yorkの空気

わたしは、いまでも、生まれて初めてニューヨークのJFK空港に降り立った時、ニューヨークの街を歩いた時の心の高まりを鮮明に覚えています。

街は汚い、怒鳴り声がしょっちゅう聞こえる、そんな街でも、町を歩いてるだけで、自分を覆っていた見えない殻が一気に崩されるような、感覚にとらわれ、町がが輝いて見えました。肌の色も髪の色も服装も体型もちがうひとたちが、自信に満ちた様子で、胸を張って歩いていて、そんな空気に圧倒され、その空気を全身でできる限り吸い取りたくて、思い切り深呼吸をしました。

 初めてのニューヨークは2日ほどの滞在でしたが、その後実際に住むことになり、決して良い面だけではないこともわかりましたが、それでも、世界中から色んな人があつまりそして誰もが必死に生きているその街が持つ、多様性の輝きは、住むことによっても色あせず、むしろ住んでいく中で、この街の、そしてこの国の強さの源泉は、多様性なのだ、と強く思うようになりました。そして多様性を保持し続ける限りアメリカの成長は続くのではないかと思っていました。

想像しきれなかったGAP

だからこそ、まさか、トランプ大統領が生まれる日が来るなんて思ってもいなかった。まさか、、、とは思いつつ、アメリカの強さの源泉、多様性を受け入れるその大きな懐を捨てかねない大統領が生まれる、そのまさかが実現することがくるなんて!稚拙な表現ではありますが、都市部と地方の明確な結果の差は、アメリカの中のGAPがいかにおおきいものであり、これまで私は想像しきれてなかったものだ、ということを思い知らされました。ダイバーシティを放棄するという大統領を選択するにいたった人々の怒りや絶望はそれほど深かったのかもしれません。それを想像すらできなかった!

そして、、Brexit、米国大統領選挙、、、もしかしたら、わが故郷日本でも、いや世界中で、私の想像できないほどに同様のギャップが広がっているのではなかろうか。。。。いや、日本だって、その他の地域だって、これは隣の家の話ではないはず、、、そう思うと、なんともやるせない気分になりました。そして今のわたしは、何ができるんだろうと思ったときに、今日本で、世界で、何が起きているか、どこにギャップがあるのか、ギャップをなくしていくにはどうしたらいいのか、ということについて目をしっかりと向けて見極めていくことではないかなという思いに至りました。

多様性を受け入れる強さを

話はだいぶ変わりますが、先日、ある「イクメン」の話を聞いたときのエピソードを少し。

そのイクメンは、パートナーが出産されたばかりで、パタニティリーブ(育児休暇)も取得し、昼休みも家に帰り、夕方も早退しながらパートナーをサポートし育児・家事を行っているというこでした。

その話を聞いたとき、私は「素晴らしい人だなあ、やさしいなあ」と思いつつ、一方で、心の奥底でふと、「でもなんでそんなに相方のサポートが必要なんだろう。私は、そのころは一人で育児も家事もやっていたけどなあ」と思ってしまう自分がいて、そんな自分に気づいて、愕然としました。

同じ出産育児を体験していても、その出産育児は、私の体験であって、別の人の体験ではない。別の人は、違う出産育児をしていて、その大変さは千差万別にもかかわらず、わたしは自分の基準を勝手に当てはめて判断していたのです!ダイバーシティを推進すべきだと心の底から思っていたはずなのに。

自分以外の人の状況に想像力を及ぼし切れていない、自分の稚拙さ、至らなさ、バカさ加減にショックであるのと同時に、ダイバーシティの推進には一人一人の、自分以外の誰かの状況を想像する「想像力」「想像してみようとする姿勢」が不可欠だということを、ふと実感する出来事でした。自分とは違う人の状況を想像しなければ、多様性を受け入れることなんて絶対にできず、同じ環境で同じバックグランドを持った人たちといることがただただ快適になっていってしまい、そこで思考が停止して、何も生み出さなくなってしまうのだということを。

もっと「想像力」を高めなければならない

そんなことを最近考えていたのですが、ふと今日、今回の大統領選挙でも、Brexitのときも、わたしは、そこに潜んでいる大きなGAPについて想像力を巡らせることが出来ていなかったのかもなあと思いました。

想像力を高めて何が起きているのかを見極めて、そこに大きなGAPがあるならば、それを是正するために何ができるのか考え行動していくことが、こどもたちの将来のためにも私たちがやっていかなければならないことなのなかもしれません。

そして、もし私たちのが社会が本当に多様性を失う方向に進んでいくのであれば、そこでもまた、個人個人が想像力を働かせながら多様性を確保してくように働きかけていかなければならない、わたしはそう思うのです。

びっくりするくらい自由な空気を吸えたあの多様性にあふれる社会を広げるではなく世界からなくしていくなんてこと、してはいけない。。。

ところ変われば祭りも変わる=HALLOWEEN編=

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今日はハロウィン。日本のハロウィン熱も年々高まっているよう。SNSでも、日本の友達のこどもたちの多くが仮装している写真がアップされていて、楽しいなあと思って拝見しています。本日付の日経新聞によれば、2016年のハロウィンの市場規模は、ついにバレンタインデーの市場規模を上回ったそう。

今日は、ニューヨークと香港のハロウィンをご紹介♪

ニューヨーク

ハロウィンの発祥はケルト人ということですが、現在のハロウィンの本場はやはりアメリカかと。NYにいたときのハロウィンは、本格的でびっくりしたものです。

9月頃からスーパーは大小様々なかぼちゃがつまれ、各家庭ではジャックオーランタンを作り、家々はハロウィンの飾りで彩られます。

学校でもこどもたちは仮装してハロウィンパレードを行い、近所を練り歩く。先生たちの仮装だって相当気合が入っています。

当日は夜になると、マンション内、ご近所、ときには、近場の有名なスポット(例えば、ニューヨークでは、UpperWestの69stあたりなんかは、通りの家々がハロウィーンデコレーションになっていて、多くの人たちが集まってTrick or Treatと言って回っています。)をこどもたちと回るのが恒例で、とっても楽しいイベントになっています。

こどもがいる家もいない家も、その日はたくさんのお菓子を用意して、こどもたちがノックしたらお菓子をあげます。配布用小袋お菓子がたくさん店頭に並ぶのもこの時期ならでは。

大人だって負けていません。当日の夕方近くなると、平日にもかかわらず、本格的な仮装を施した大人たちとすれ違います(みな仕事はどうした!←たぶんそっちのけ。法律事務所ですらそうでした笑)。薄暗い黄昏時に、鬼の仮装をしたマッチョなおじさんとすれちがったときは、本気でどきっとしたのを今でも懐かしく思い出します。

私もハロウィンの日は仕事を定時で切り上げて、家に帰り、娘とTrick or treatといってまわったものです。ただ、仮装をするには、この時期nyは本当に寒い。。。なので服を選ばないと大変なことになります。

ハロウィンが終わると、街は「ホリデーモード」に変わっていきます。11月のThanksgivings、そして、12月のクリスマス等のお祝い、そしてニューイヤー、、ハロウィンは、ここから二ヶ月のなんとなく街全体が浮き足立つ時期のスタートなのです。

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香港

さて、香港。中華圏の香港では、ハロウィンイベントをあまり期待していなかったのですが、いえいえ、香港もハロウィンは超盛り上がります。

世界中から人が集まっているインターナショナル都市ですし、宗教色が比較的薄い都市だからか、盛り上がるイベントはなんでも取り入れようとする空気がこの都市にはあります。そういった意味では東京と近いかもしれません。ハロウィン、クリスマス、お正月、旧正月、イースター、端午節、中秋、、、ナドナド。

ダウンジャケットを羽織ってハロウィンパレードをしたニューヨークとは異なり、香港はようやく涼しい風がふくようになってきたなあーくらい。というわけで、「ハロウィン気分」には少々物足りない気温ではありますが、いやいやどうして香港だってハロウィンはもりあがります。

うちのアパートは巨大団地なので、共有スペースでは、地元のお祭りみたいに出店が出て、こどもたちが(大人たちも)めいめい仮装をしてもりあがります(はじめて、参加したときは、日本の、自治体主催で近所の公園や学校で行われる夏の盆踊りを思い出しました)。

もちろんこどもたちが近所をまわってTrick or Treatするのも毎年恒例。小分袋にはいった大きなお菓子袋が店頭に並ぶのも、アメリカの時と同じです。スーパーには大小のかぼちゃが並ぶのも一緒。インターナショナルシティだなと実感します。

そして、東京でいうと六本木のような場所(ランカイフォン)では、仮装した大人たちがどんちゃん騒ぎを繰り広げます。

特筆すべき特徴は、、、お化けや仮装が、、、アメリカよりコワイ。笑。完全に独断と偏見ですが。

なんでかなあと思ってかんがえたのですが、その理由は、アジアテイストが加わっているからだ!と気づきました。

日本で生まれ育ったドメドメ人間のわたしにとって、ドラキュラやフランケンシュタイン、魔女といった西洋の「こわいものたち」は、どこか「異文化」のミステリアスなものにうつります。幼いときにみた、アダムスファミリーのように、どこか、おかしくて、そして美しいものに映るのです、不思議なことに。

だからいくら、リアルなドラキュラの仮装だって、あんまり怖くない。

一方で、少しでもアジアンテイストになると、一気に怖さがひきあがります。なぜなら私にとってはより身近でリアルなだから。。。

香港で最大人気のアミューズメントパークであるオーシャンパークにこの時期いってみると、中はハロウィンモード全開。でもかなりアジアンテイストで、、、、ハロウィンシーズンのディズニーランドでは決して見ない、漢字が刻まれている、アジア式の石墓や、お札?がそこらじゅうにはられている。。。薄暗くなるとホントコワイ。

パークの中で歩いているゾンビも、繰り返しますが、リアルでホントにホントにコワイ。特にこわかったのは、赤く血塗られている包帯を目に巻いて(目を潰されている設定?)、血まみれの肉まんをもって歩いている昔の中国のおばあさん風のゾンビ。ただでさえ、お化け屋敷とかほんと嫌いなわたしにとって、あれはかなりビビりました。

オーシャンパークの中だけではなく、街中の一般の人の仮装もなんだかちょっぴり「リアル」さを追求しているかのような仮装が多い気がしてなかなか迫力満点な香港のハロウィンなのです。

同じイベントでも少しずつテイストが異なるハロウィン。日本のハロウィンは、わたしが日本を去ってからだいぶ様相が一変したんだろうなあと想像しています。お祭り好きの人間としては、ぜひ、日本の最近のハロウィンも体験したいものです♫