世界一プレゼンのうまい国民はどうやって育つのか

わたしは勝手ながらアメリカ人は世界一プレゼンテーションがうまい人たちだと思っています。日本にいたとき、オバマ大統領は演説がうまいなあ、と思っていましたが、まあ彼は大統領だし特別なんだろうと思っていました。「映像の世紀」という独特の音楽が流れるNHK番組に小学生のときにはまっていましたが、そのときに大量に流れるアメリカ人の演説も、その迫力には圧倒されつつも、たいてい歴史上有名な人物だからだろうと整理をしていました。

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ところが、渡米してからというもの、気づいたことは、アメリカ人のプレゼン力の高さは、なにも「特に有名な人」にだけ備わっているものではないということ。驚きました。サマープログラムで出会った先生たち、図書館の司書、ロースクールの先生や生徒、職場の同僚、娘の学校の先生、PTAの親たち、、、などなど、出会うアメリカ人はひたすらプレゼン力が際だっています。みなうまいんです。声も大きく、胸を張って話すし、思わず聞きたくなる話し方をするんです。

ロースクールは世界中から優秀な学生が集っていたけれども、やはりプレゼンテーションの力だけに着目すると、圧倒的にアメリカ人の方が秀でていました。発言の中身は、実務経験を有している外国人学生のほうが優れていることも多いのですが、妙に説得力のある、人を惹きつけるしゃべり方をするのは平均年齢は外国人学生より若いアメリカ人学生でした。

大学だけではありません。時々、物乞いの人が、地下鉄に乗り込んで、「自分は今こんなに困窮にあえでいる」と、とうとうと語って寄付を募ることが時々あるのですが、それも明らかに外国人訛りのある人よりも、アメリカ人発音の人の方がうまい。ぐっと惹きつけるパワーがあるんです。

アメリカの強さの一つには、この国民が有する「高いプレゼン力」にあると私は心の底から思っています。そして、どうしてその点が気になるかというと、自分も含め、日本人のプレゼンはあまり上手とは言えないと思うからです。日本がこれから世界で走り続けるためには、国民全体のプレゼン力アップが必要不可欠だと私は思っています(少なくとも、私は、娘をわたしのようにプレゼン苦手人間にはしたくありません)。

日本人はプレゼン力が低くても、中身を伴っているから大丈夫!世界で勝負できるのだ!と、技術大国日本では言えていたかもしれません。今でも言える気がします。日本の高い技術に対して世界から向けられる信頼は、やはりものすごく高いなあと、渡米してからも常々感じるからです。ただ、ここから10年後、20年後、本当にそういえるでしょうか。産業分野ではどんどん国境の垣根がなくなっている中、日本のプレゼンスを高めるために、「中身」だけで勝負できる時代はもうすぐに終焉を迎えてしまうのではないでしょうか。

プレゼンテーションの力を身につけるというセミナーを日本とアメリカでそれぞれ受けたことがあるのですが(いずれもセミナー講師はアメリカ人)、国によってプレゼンテーションの形態はそれぞれ大きく異なるということをそこで学びました。もちろん、国民によってそのスタイルはそれぞれ異なるのは、それはそれでいいのですが、やはり、「惹きつける喋り」というのは、万国共通であると思うし、その中で勝負をしていくのであれば、日本人は積極的に、他国民のその強さを取り入れていくべきだと思うのです。自分が苦手で、アメリカで苦労して悔しい思いをしたからこそそう強く思うのです。

というわけで、わたしは、このアメリカ人の総じて高いプレゼン力の秘密を知りたい、と思っていたのですが、そんな中、娘の学校や自分の学校&職場で発見した3つのことをご紹介したいと思います(あくまで、二年間という短いアメリカ体験の中からみえたことなので偏っているかと思いますがその点はあらかじめご容赦をいただきたく。。。)。

その1:小さい頃から徹底的に鍛えられる

アメリカ人の子供は小さい頃から「人前で自分の意見を発表する」チャンスを大量に与えられ、徹底的に鍛えられあげられています。3歳で通い出したPreschoolや現在通っているKindergartenでも。これには本当に驚きました。

典型的な「発表」の機会が、“SHOW and TELL”というもの。これは、自分の個人の所有物(自分のおもちゃ等の宝物や、旅先で見つけたもの、など何でもOK)を学校に持っていき、クラスメートと先生の前で見せて、その所有物について、説明、発表するというもの。これは、なんなのか、どうやって手に入れたのか、いつから持っているのか、どうしてお気に入りなのか、、、などなど、話す内容の一切合財は発表者に委ねられています。これってもうなんというか、まさに我々が日頃職場でやっているプレゼンですよね?!プレゼンの内容から考え、話し方を考え、そして発表する。。。まさに、大人が行っているプレゼンというものを、”Show and Tell”として、たった3歳の頃から行っているのです。しかも年に1回の重要行事というものでもない。しょっちゅうある身近なカリキュラムの一つなのです。

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日本の幼稚園、保育園、小学校ってそんなにクラスメートの前にたって発表する、という機会ないですよね?あっても、「特別イベント」だったように思います。

ちなみに、Show and Tellが終わると、必ず先生たちは、聞き手である子供たちに”Any Question or Comment? (意見や質問はありますか?)”と聞きます。つまりプレゼンの後のもっとも苦痛のシーンである、質疑応答をも、このShow and Tellの一環に含まれているのです。おそるべし。

また、Show and Tell以外にも、自分の意見を人前で発表する機会は多くあります。そもそも授業のスタイルが、小学校のときですら、どちらかというと先生が説明をし、それを生徒が黙って聞くという日本の授業スタイルとは違い、先生は浴びるように質問を生徒たちに投げかけ、生徒はそれに答え、意見交換をしながら進めるスタイル(ソクラテスメソッド)。子供たちは驚くほど、みんなよく手を挙げて、自分の意見を延べますし、そのスタイルは、大学院の生徒たちにも共通していました。

 

黙って先生の話を拝聴する、質問や意見を述べるときは、その質問や意見をクラス全体に投げかけるに値するものでなければならない、という空気のある日本とは、大きく異なり、質問、意見内容がどんなにくだらなくても、とにかく発信をし、授業に「参加」することが評価される世界。これは、大変興味深かったですし、これをまじまじと体験したときには、これを幼少期からひたすら繰り返していれば、そりゃ発表スキルがあがるわ!と妙に納得させられました。

その2:プレゼンそのものを重視し、準備をする

二つ目に気づいたことは、アメリカ人は、プレゼンの前に、資料を準備しておわり、ではなく、「話すこと」そのものを重視して、話す練習をしています。これは、娘というよりは、わたし自身の経験を通じて学んだこと。

先ほど少し触れましたが、わたしは何度か、プレゼンテーションのセミナーを受講したことがあります。そこで必ず強調されていたことが、実際に声に出して練習をすることが一番重要、ということ。話す練習をするのが重要なのは当然、と思われるかもしれませんが、ではみなさん自分たちの実務を実際に振り返ってみてください。日本人はどちらかというと、発表資料を充実させるのに力をいれて、資料を作成して、仮に原稿まで作っても、それを話す練習をするための時間を多くとることは少ないのではないでしょうか?

発表時には手元資料をみなくてもよくなるまで、事前に何度も鏡に向かって練習をしなさい、これはどの先生にも共通して言われました。そうでなければ、人前で発表するという緊張にはなかなか打ち勝てない、と。どんな人でも緊張をして、本番は上手にできないのは当たり前。練習をしなくても上手いプレゼンをできるのは、ごく限られた人ですよ。オバマ大統領だって演説の前はコーチを付けて何度も話し方の練習をするのです、とある先生は言っていました。

大学院の授業でも、発表がある場合、アメリカ人学生は、外国人学生が必死に資料を充実させるのに時間を費やしている中、資料作りはさっさと切り上げて、ひたすら壁に向かって声に出す練習をしていました。

たしかに、どんな舞台にたつときも、本番は舞い上がってしまうことが多い。ただ、どんなに頭の中が真っ白になっても、徹底的に練習をし体にその動きが染みついていれば、本番もきちんとしたパフォーマンスを発揮できる。演劇やダンスをやっていたときには当然のことだったのに、なぜかプレゼンテーションとなると、中身があれば話し方なんて二の次でしょ、と構えていた自分がいたことに気づきました。

その3:出る杭が評価される世界

最後に、アメリカ人の高いプレゼン力の背景にあるのが、「出る杭が評価される」空気だと思っています。

アメリカでは、”ユニーク”という言葉が、日本に比してほめ言葉として使われているケースが多いのです。目立つこと、人と違うことに一定の評価が下されるのです。前述したように学校の授業でも、積極的に手を挙げて意見を発信し、人よりも際立つことが高評価につながります。そう、「出る杭」は打たれない、「出る杭」が評価される、「出る杭」が延ばされる世界なのです。

クダラナイ質問をして授業の流れを止めると疎まれていた日本の学校とは異なり、極端な話をすれば、どんなにクダラナイ質問をしても、それは授業を活性化させる行為として歓迎されていた気がしますし、先生たちは、多くの質問に対して、Good Question!!!とまず第一声で返していました。わたしは、正直「え?なんであんなクダラナイ質問で、Good Question!とか先生たち言ってんの?!」と思ったりしたくらい。

娘の学校の様子を見ていても、先生は、生徒たちの意見を遮ることはほとんどありません。生徒が自主的に何かをしたい、と言い出した時は、既存の授業プログラムになくても積極的にそれを授業に取り入れようと採用します。そして、意見を発信したり、そういったアイデアを出した生徒をほめるのです。そうすると、ほかの子供たちも、褒められたくて、どんどん「私が」「私が」と前に出ていくようになるのです。

ちなみに職場でも同じです。かなり偉い上司でも、20歳以上年下の若手に対して意見を求めることは普通、さらに言えば、そういったとき、若手は臆せず意見を述べます。わたしは最初その光景をみたときびっくりしました。偉い上司の意見に対して、それに反対する意見でも平気でみんな発信をし、そういった姿勢を上司も求めていたかのように、ありがとう!といってその意見をとりいれていくのです。若手の意見を聞く「フリ」ではないのです。会議でも、どんどん意見を発信する人が評価をされていました。

学校でも、会社でもとにかく意見を発信することが評価される、特に職場では、黙っている奴=存在価値なし、くらいの勢いです(言い過ぎ?)。そんな空気が蔓延しているので、自然と、人前で意見を述べ、相手を説得、納得させる機会が増え、そのスキルも伸びていくのでしょう。

日本ではどうでしょうか?学校でも会社でも、何か人と違って変わったことを提案したり、行動したりすると「あの人変わってるね」と冷ややかな視線が向けられたりすることが多いのではないでしょうか。「空気」を読んで和を乱さない、ということが求められている姿勢であるという風潮があるのではないでしょうか

私は、幼いころ、学校の授業でしょっちゅう質問をし授業の流れを止め「和」を乱す生徒でした。それも一因か、一部の先生には嫌われていたと自負しています(ほかの原因もあったでしょうが笑)。そういう環境に長い間いると、だんだんと、人前で意見を発信するのは最低限にとどめるほうが良い、質問や意見を発信するときはかなり熟考し周囲から「バカ」と思われない内容にしなければならない、というプレッシャーを感じるようになり、結果的にセミナー、授業、会議では、発言は必要最低限に留め、黙っていることが多くなりました。そんな日本人、多いんじゃないでしょうか。

黙るということを基本スタンスにしてしまうと、人前で話すという機会をどんどん逸していきます。結果的に、たまに、人前で話すときには、あまりに「慣れていない」人間となり、つまらない話し方しかできなくなるのです。そう、日頃の訓練ができていないから。

終わりに

話し方ばかりに執着して、中身が伴っていないというのは本末転倒ですが、せっかくの充実した内容も、相手が聞いてくれなければ、相手を惹きつけられなければ、これまた意味がありません。日本人は、発表する前に、その内容を熟考し準備をするという力には長けていると思います。であれば、アメリカ人のような、プレゼン力をつければ最強?になるのではないでしょうか。そんな期待を胸に、そして自戒の念も込めて、アメリカ生活で見つけた三つのヒントを今日は書いてみました。

5 Comments on “世界一プレゼンのうまい国民はどうやって育つのか

  1. わたしも留学経験があり、よく分かります!初心に戻って私もプレゼンテーション力を鍛えたいと思えました。ありがとうございました!

  2. 桜井さん

    コメントありがとうございます!わたしもいまだにプレゼンに緊張してしまいます。日々練習あるのみですね。

  3. timon様

    はじめまして。奈良市に住む忍と申します。今、上記のお話を拝読し、心から感動、そして拍手を送っております!!
    実は私、今年いよいよ小中学生を対象にした、プレゼン講師になりたいと考えています。
    そしてこの仕事で近い将来独立しようとも。timonさんのお考え、ご意見には一々
    納得です。本当に仰る通りだと思います。ここ日本ではとにかく小さいうちから
    英語の教育を受けさせればいい、という風潮がもう長年続いています。でも私は
    「たとえ英語が流暢に話せても、内容が伴っていなければ意味がないんじゃないか」と
    ず~っと思っていたんです。私が二十数年前アメリカでホームステイをしていた時、
    自分があまりにも日本の歴史や文化について無知だった事を知り、情けなく思ったことを
    忘れることが出来ません。そして今思うのは、真に国際人になるには、先ずは日本人として自国の事を知り、それを日本語でしっかりと伝えられる力があってこそではないかということです。伝いたい事も無いまま英語を学んでも一体何になるのでしょう。
    決して幼少期から英語を学ぶ必要が無い、と言っているわけではありません。ただ、
    あまりにも今の文科省が提唱する英語教育が本末転倒のように思えて仕方がないのです。

    これからはtimonさんが仰るように、日本人もプレゼンテーション能力が必要になってきます。これは絶対だと私は確信しています。ただ日本にはまだ低年齢層に対するプレゼンのメソッドが無く、私も何を参考にすればいいのか本当に途方に暮れています。
    こうなったらいっそ自分でオリジナルメソッドを作るしかないのかとも考える日々です。
    timonさんは私のこのかんがえについてどうお感じになられますか?
    不躾を重々承知でこのようなメールを差し上げました。いつかお返事頂けると幸いです。

    長文にも関わらず最後までお読み頂きありがとうございました。

  4. 映画などでよく見かけるアメリカ人のプレゼンシーンを見て検索していました、このページは少し前に書かれたものな様ですが、今は講演会や本など書かれてるのでしょうか?そうだとしたら是非拝見したいですね?

  5. しほさん、コメントありがとうございます。特にプレゼンについての本等は書いていませんが、何か気になることがあれば、メッセージでもコメントでも、ウェルカムです!

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