私が家族で渡米したワケ

4月、日本では新しい1年のスタートです(この原稿を書いたのは4月だったため)。4月から新しい役職、部署、学校、土地といった新しい環境で生活をスタートさせた方も多いはず。きっと配偶者やパートナーがこの春から転勤になり、遠くに行ってしまったという人もいるのではないかと思います。そこで質問です。

パートナーに転勤の話がきたとき、あなたはどうしますか?

2年前、わたしは、この問題にぶつかりました。私の留学に夫がついてくるかどうか、という問題です。私がこどもを産んだワケ(「キャリアを追及する限り出産のベストタイミングなんてない」)に記載したとおり、入社してからのわたしのひとつの目標は、海外留学。夫もそれは十分知っており、結婚当初よりずっと応援してくれていました。そんな状況だったこともあり、浅はかで自己中心的だった私は、自分の留学が決定した暁には、当然、夫を含む家族で渡米する、と思いこんでいました。夫は日本で仕事を持っていたにもかかわらず。

さらに、なんというか、驚くほど自己中心的ではありますが、夫がついてきてくれるとは思っていたものの、自分が家計の大黒柱になる覚悟もさらさらなく、なぜか、「まあ彼もなんか仕事みつけてくれるだろう」というお気楽な気持ちでいました。自分の上司に対しても、「夫はなんかしらの方法でついてきてくれるはずです」と大見得を切っていました。なんにもアテなんかなかったのですが。はっきりいってただのわがまま女。恥ずかしいくらいのあまちゃん。

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結果的に、我が家は周囲の皆様に支えられ助けられ、私の渡米1か月後、夫も、夫が日本で勤務していた会社のNYオフィスへの異動が叶い、夫婦ともに仕事をあきらめることなく揃って渡米するという夢を実現させることができました。この経験を今ふりかえった上で、「パートナーに転勤の話がきたときどうするか」という、誰もがぶつかりうる問題に対して、私の思うところを3つ書きたいと思います。

相手を「優先した」と思うと絶対ぶつかる

今、夫の立場を自分の立場に置き換えてみると、とんでもないことを私は夫に要求していたし、よく夫もそんな妻の暴言を聞いていたなあとおもいます。彼は、当時から「君が好きなようにすればー、なんでもいいよ」というのが一貫したコメントでした。これって考えてみたらすごいこと。彼と私が逆の立場であったとしたら、少なくとも2年前の肩肘張って鼻息荒く仕事をしていた私には決して言えないセリフでした。2年前の私であったら、仮に夫の転勤について自分も移動することになったとしたら、夫を「優先した」という思いが強く、心の中でいつまでもわだかまりが残り、転勤先での生活を心の底から楽しめなかったと思います。

しかし、NYCに来て二年間、色々な価値観に触れ、なんだか少し肩の力が抜けた私。仮に、今、夫に転勤の話がきたとしたら、わたしも同じことを夫に対して言うでしょう。なぜか。おそらく、彼の転勤についていくということが、自分のキャリアよりも「家族を優先した」とか「夫を優先した」とは思わないから。夫の転勤についていき新しい社会に触れることで、自分の価値観はもっともっと広がるし、きっとキャリアの幅も広がるはず。家族ともまたひとつ新しい類の思い出を作ることができて人生がもっともっと豊かになるはず。きっとそう思うはず。いまのわたしにとって、パートナーの転勤話がでたとしても、「家族を優先して」とか「夫を優先して」ではなく「自分のために」彼の転勤についていこう、と思える気がします。

要すれば、パートナーの転勤等の問題にぶつかったとき、「誰かのために」決断をするのはとても美しいし、すばらしいと思うのですが、そうではなくて「自分本意」で決定するのは一手だと私は思うのです。自分がどうしたいか、というのをとことん突き詰めて、それを貫いちゃうのがポイントではないかと思うのです。パートナーを、家族を、「優先した」と思って選択をすると、その後、自分があきらめた「何か」について未練が残り、心の奥底には消えないわだかまりが残ってしまうのではないかと想像するのです。そんなわだかまりが残ることは、パートナーや家族メンバーにとっても決して良いことではないはず。

人と違う道に進む勇気を

では「自分がどうしたいか、というのをとことん突き詰めて、それを貫いちゃう」にはどうしたらいいのか。言うは易し。多数派に安易に流されてきた私はこの問題に常に直面してきました。そして最近出した答えは、これまた安易ではありますが、人と違う道に進む勇気を、タフネスを持つこと、がひとつの重要なキーになるのではないかということ。

私は、キャリアでも生活でも、人と違う道に進む勇気を持っていませんでした。今でも持ってるとは胸を張っていえません。人と違う道に進むことが嫌、「正統派」からずれるのが怖い。「この社会ではこうでなければいけない」という凝り固まったルールを自分の中で敷いて、そこからずれることを極端に嫌がっていました。

パートナーに転勤の話が来たとき、女性であれば、さらに、子持ちであれば、「家族が離れて住むのはありえない」とか「妻が仕事を辞めてついていくのは当たり前」とかそういった外部の声とそれから自分自身から発せられる内部の声にとらわれてしまう人は多いのではないでしょうか。少なくとも、そういった内外の声に阻まれて、後ろ髪引かれる思いで自分のキャリアをいったん中断させた方を私は知っています。逆に男性の場合、「パートナーの駐在についていくなんて、何考えているんだ」といった声にとらわれて、パートナーの転勤についていくことを躊躇してしまうことが多いのではないでしょうか。

人と違う道に進むということは、とても怖いことだと私は思っています。でも大多数の人が進んでいる道が必ずしも「正解」ではないんです。大多数の人が進んでいる道なので、その道から外れると、王道を行っている大多数の人からは、「あいつは王道から外れたやつだ」という見えないレッテルを貼られてしまうと思います。貼られていなくても、貼られたように感じてしまうことがあると思います。実際に王道を外れることで失敗することもあるとは思いますが、王道から外れたことで、それがかえって自分にとってものすごくプラスにはたらくことだって多いはず。

パートナーの転勤や留学があったとき、いったん自分のキャリアを中断したりキャリアチェンジをしたりしてついていくことを選択する方は、それが自分にとって(キャリアにとっても)良い方向に働くと信じて、思いっきり新しい生活を楽しむべきだと思いますし、逆にパートナーと離れて今のキャリアを追及すると決めた方は、その決断に自信をもって、邁進してほしいと思うのです。人と違う道に進む勇気を持っていれば、自分自身にだけ発生する(と思ってしまう)状況において、前向きな決断をできるはず。。。と日々自分に言い聞かせています。

慣習にとらわれない異動を認め、人材流出を阻む体制を

ここまでは、パートナーに転勤の話があったとき、キャリアチェンジをするか、中断するかの二択について書いてきました。でも、第三の手があるはずなんです。それは、今のキャリアを維持したまま、パートナーと同じ場所に移動する、という手です。サラリーマンであれば、要すれば、会社にお願いして、同じ場所に転勤する、という手です。

もちろん、これを実現するには、いろんな条件をクリアすることが必要です。パートナーの転勤地に、自身の会社のオフィスと、自身を送るニーズがなければならないので、そもそもの前提条件として超えなければならないハードルが多い。

でも、これらの前提条件をクリアできる環境がある場合は、ぜひ、慣習にとらわれずに、パートナーと同じ場所への転勤といった異動を実現させるということも考えてください、とわたしは企業のマネジメントの方々にお願いしたいのです。また、同僚にそういったチャンスがある場合は、ぜひ積極的に応援してあげてほしいと思うのです。

前述のとおり、私の米国留学するにあたり、夫(わたしとは別の会社に勤務)、上司や周囲の皆様の温かい計らいにより、ニューヨークオフィスへの異動が決まりました。結果、夫婦ともにキャリアを中断、変更することなく、家族で渡米することが実現したのです。この話を日本人の方に話すと、たいてい驚かれます。「そんな話きいたことない!」と。一方で、米国で知り合った日本人ではない方に話すと、良い話だね、といいつつ、あまり驚かずにMake Senseだと反応がかえってきました。ようすれば、彼らの価値観からすれば、企業のニーズに合致していれば、家族の転勤に伴い、自社の職員を別のオフィスに異動させることについて特に違和感がない、ということなのです。

この反応の違いの背景にあるものは何かと考えていくと、日本企業の風土と米国企業の風土の違いに行きつくのかなと思っています。良くも悪くも、組織を重視する集団主義的、ムラ社会的な日本企業では、組織を一番効率よく運営するために、組織の構成員が均一であることを求め、構成員側も均一であることに居心地のよさを感じ、ある程度の平等な扱いと安定した雇用によって組織に貢献するモチベーションを確保してきたのだと思います。そのため、マネジメントも、マネジメントをされる側も、「特別扱い」に対して過度な拒否反応を示しがちにあるのではないかと思うのです。

一方で良くも悪くも個人主義であるアメリカは、いつ職を失うかもしれないという恐怖にさらされながら、成果を出すことで、他の人よりもはるかに大きな評価と対価(給料)を得られることをモチベーションに頑張る。企業側も、会社の利益に合致するように、個々の社員に対して異なる取り扱いをすることについては躊躇がない、、、、のではないかと推測します。

どっちがいい悪いというわけではないと思うのですが、日本の「みんな一緒」が当然という風土は、見直さなくてはならないタイミングにきていると思うのです。わかりやすい例を出せば、共働き世帯数と専業主婦世帯数の数が逆転して約15年( 専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移(独立行政法人労働政策研究・研修機構のWebsiteより))。社員は大抵専業主婦の妻がいる、という画一的な状況はとっくに終わりを告げています。個々の従業員が異なるバックグランドを持つのが当然になってきている。ということは、営利を追求するために雇った従業員を効率よく活用し、世界で戦っていくことのできる企業運営のためには、ルールにあわない従業員を排除する(ルールにあわない従業員にキャリアを断念させる)のではなく、個別従業員の状況に応じて最大限にその力を利用できるように柔軟な人事施策を適応していくことが必要になってくるのではないかと思うのです。そうすることは、従業員の教育に力を入れ、簡単に解雇しない日本企業の風土にも実はあっているのではないでしょうか。

この問題は、あらゆる人事施策に共通するものだと思いますが、今回のお題目に据えた、パートナーの転勤というケースについて限定していえば、たとえば、パートナーの転勤先にポスト・ニーズがあるのであればそこに異動させるというのもひとつの手段だと思います。または、パートタイムであったり、リモートでの業務継続を認める等の対応も可能なのであれば積極的に認めていくのはどうでしょう。そんな簡単にできる話ではない、という反論はわかりますが、企業のニーズに合致する限り、そういったオプションをとりうるのであるかぎり、「前例がないから」「一度特例を認めたらこれから認めざるを得なくなるから」「彼・彼女だけ特別扱いはできない」といったくだらない理由でそのオプションを取り下げることは、せっかく手塩にかけて育てた人材を流出させてしまい、人材育成に力を入れる日本企業にとって単なる損失にしかならないのではないでしょうか。

と、いろいろと、つらつら書き並べましたが、こういったことを実現するためには、まだまだたくさんの時間が必要だと思います。仮に、そういった人材活用を実現しようとするマネジメントがいたとしても、今の日本の企業の風土では、上から、下から、横から、反対の意見が吹き出すことも容易に想像ができます。「あいつだけ特別扱いしてなんなんだ」と。また「特別扱い」してもらうほうも、周囲から少なからず目に見える形でも見えない形でもバッシングを受け、後ろめたい思いと戦い続けた上で結果を出さなくてはならないのがわかっているため、「特別扱い」のオファーを受けても辞退することも多いと思うのです。

それでも、誰かが少しずつでも声をあげて変えていかないと、日本企業は、いつまでも内部の人間にとって居心地のよい「均一社会」のまま。そんな企業であふれていたら、日本は、気づいたときには、世界から大きく遅れをとっている可能性だってあるかもしれないと私は危惧しています。

パートナーの転勤に対してどう対応するか、というテーマは、きわめて限定的なテーマだと思うのですが、ここであげた3つの要素は、多くの問題に共通する要素である気がするため書いてみました。

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