保育園の服装規制、本当に必要?

保育園の服装規制、本当に必要?

アメリカと日本の保育園/小学校を比較するときに、真っ先に私の中に浮かんでくる言葉は、「自由」v.「規律」。もちろん(?)アメリカの学校が「自由」で日本の学校が「規律」。これらの言葉による対比は多くの側面で当てはまることだと思っているのですが、今日は、特に印象的である服装規制についての比較と、それに伴う私の感想を記載したいと思います。

突然ですが、以下の写真をご覧ください。

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娘です。休日でも、ハロウィンでもありません。何でもない日の朝の、Preschoolへの登校時の写真です。昨夏(4歳時)の写真ですが、娘はすでに服装や持ち物に対する並々ならぬこだわりを持っており、爪にはマニキュア、頭にはヘアバンドや、派手なピン、洋服も林家パー子を彷彿とさせるようなワンピース。この日はなぜか、羽が生えてますね。

ニューヨークの小学校や幼稚園、保育園

制服のないPreschoolでは、服装規制や持ち物規制がほとんどありませんでした。公園やジムで遊べる恰好をしてください、という程度。こどもの安全と快適さを考慮し、親と子供が自己責任で服を選ぶという形でした。今通っている小学校は、公立では珍しく制服がありますが、制服をキチンときてさえいれば、髪飾りなどその他の部分に対して厳しく言われることはありません。制服をきちんと着なければ注意を受けてしまうので、特に女の子たちは銘々のおしゃれを精いっぱい制服以外のところで楽しんでいる印象を受けます(ちなみに娘の学校は例外で、基本的に公立小学校は私服)。

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日本の小学校や幼稚園、保育園

少なくとも自分自身の経験上、それから親としての経験上、このような自由は日本では認められてこなかった気がします。

まず、保育園。娘の保育園では、スカートがだめでした。せいぜい、許されたのは、シンプルなワンピースの下にスパッツを履く、といったことくらいだったと記憶しています。ヘアバンドやピンなどの髪飾りも、危ないからという理由で禁止。許可されていたのはヘアゴムだけだったような。さらに、こどもが引っ張って危ないとうことでフード付きの洋服や、オーバーオールもだめでした。娘の保育園ではないですが、親戚の子供の保育園では、小さいリボンがついているヘアゴムもだめで、認められるのはシンプルなカラーゴムのみ、とか。

幼稚園も、とにかく制服以外のものは一切認められていませんでした。自分の写真を振り返っても、ネックレスを付けていたり、派手な髪飾りをつけて幼稚園に登園している様子は見当たりません(親に確認していないので記憶違いかもしれませんが)。まして、羽なんてつけてはいません。小学校については、田舎の公立の小学校でのびのびやっていたので、服装も自由でしたが、それでも娘の学校やニューヨークの町を歩く子供たちのような自由な恰好をしている子供たちはいませんでした。そもそも、学年ごとに定められた帽子をかぶって登下校しなければ注意を受けてましたし。

この違いはどこからくるの?

私立の学校であれば、それぞれの学校のマーケティング戦略があるので服装について規制を敷くのは納得です。それに従いたくないのであれば、その学校を選択しなければ良いだけの話。しかしながら、わたしは、公立の学校でも、日本では、目に見える&見えないルールで服装について縛られていた印象を強く受けます。この違いは何からくるのでしょうか。

上記で述べた保育園や幼稚園での服装規定は、まずは「安全の確保」という目的があるというのは理解します。それから「子供同士の差を減らし無用な争いを避ける」という理由もあるでしょう。でも、実はこれって、すべてマネジメント側の都合から押し付けられている側面が強い気がするのです。

「安全の確保」といっても、おしゃれを意識する子供たち(3歳くらい~)であれば、集団生活の中であっても、監督者がきちんとみていれば、安全を確保することは可能なはずです。なぜなら、子供たちは別に危険物を持ち歩いているわけではないのですから。

「無用な争いを避ける」というのも、結局、その仲裁に入らなければならない監督者の手間を省くことに主眼が置かれている気がしてなりません。むしろそれぞれ違う恰好をしている中で、こどもたちは、個々人が全く違うものであること、差がある=個性があるというのは素晴らしいことであることを学び、それぞれの趣向を見つけて魅力的に成長していくのではないでしょうか。

私は、娘が(日本人の私からすれば)とんでもない恰好で学校で行くのをみたときに、「そういった恰好は日本に帰ったら、学校に着ていっちゃダメなんだよ。今はいいけど、日本にかえったときは、ちゃんとわかってね」と娘に伝えました。娘の返事は「なんでだめなの?」。そして答えに窮する私。そう、私自身、「だめ」だということは頭に刷り込まれているものの、なぜだめかといわれると自分自身が納得する答えを出せなかったのです。

見かけを統一化しても成り立つ社会

と、ここまで、日本の学校の服装規制について否定的な意見を書いてきましたが、実は私自身この服装規制によって困ったことはあまりありません。こどもの立場のときは、「そういうものか」と納得して甘受していましたし、逆に、こずるかった私は、ルールに従っていない友達をみつけてたら、「それは禁止されているんだよ、いけないんだー」とその子供に注意をするような典型的な嫌な奴でした。子供を保育園に預ける親の立場としても、服装規制に引っ掛かるようなものは、買わなければいいわけですし、むしろ「学校で禁止されているからそれは買わないよ」と言って、学校の規制を都合よく、ものをほしがる娘の説得材料に用いていました。服装規制で、安全を確保し無用な争いを避けられるのは、親として好都合ですし、なんの反対もありませんでした。

でもいざ、ニューヨークにきて、娘が自由にファッションを楽しんでいるのをみると、考えが少しずつ変わっていきました。なぜならファッションを自分の判断で楽しむことにより、娘は、日本ではあまり見られなった感性をメキメキと育んでいきましたためです(年齢に伴う単なる成長なのかもしれませんが。笑)。娘は、友達が皆それぞれ異なる恰好をしているので、それぞれのおしゃれポイントに刺激を受けて自分のファッションに取り入れていくことはありますが、「あの子の持っているものがほしい」とか主張してそっくり真似をするということはなく、むしろ自分自身も人とは違ったファッションを追求したいといったようなこどもにこの2年間で成長したような印象を受けます。

ニューヨークの学校では、とにかく、人と違うことが良しとされます。そして、その価値観の上にたたなければ、成り立たない社会だと思うのです。特にニューヨークは、世界中から多くの人が集まり、それぞれの生まれた国も文化も全く違う。アメリカ人の間でも、白人がいて、ヒスパニックがいて、黒人がいて、アジア人がいる。皆同じなんてありえないのです。

服装規制に関していえば、例えば、髪質だって各人種で全く異なるのです。アフリカ系アメリカンの子供たちが、派手なビーズを付けたりして細かいブレードで髪の毛をまとめているのは、もちろん文化的なものもあると思いますが、髪質にも関係すると思うのです。彼らの髪質の場合、髪の毛をまとめるには、ブレードがすごく便利な髪型なんだということを実はアメリカに来て初めて知りました。過度な服装規制により、見た目の個性をつぶすことは、各人種や民族、文化の個性をつぶすことになり、ひいてはアメリカ社会の強みをつぶしてしまうことになるのではないかと思うのです。

かたや日本はどうでしょうか。基本的に、全員同じ見た目のアジア系民族。髪質だって寄ってたっている文化だって一緒。よって前述のような服装規制を敷いても成り立つんじゃないでしょうか。見た目の個性をつぶしても、それは、個々人のコントロール可能な範囲の話なので、受け入れられているのではないでしょうか。

でも、いつまでもそれでいいのか、それは、私には疑問です。国境の垣根が低くなっている中で、皆が一緒という前提にたった体制を維持し続けるのは、果たして我々の社会にとって、私たちのこどもにとって良いことなのでしょうか。

幼少期の学校で得る価値観というのは、一生、その人に影響を及ぼし続けるものではないかと思っています。少なくとも私はそうです。人と違うこと、に対する恐怖心といったものは、実は幼少期のこういった「みんな一緒」という制度設計の中で少しずつ、少しずつ育まれていったのではないかと思うのです。

みなさんはどう思われますか。

4 Comments on “保育園の服装規制、本当に必要?

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  2. Pingback: スパルタ教育が格差をなくす?(~経済格差×教育格差に直面したNYその2~) | 海外でもワーママ生活

  3. 初めてこのブログを知り、拝読しました。80年代末~90年代初め、Timonさんの長女様の年頃も含め、NYCにいました(とはいえWestchesterなのですが…)。このエピソードを読んで思い出したことがあります。

    東京の公立小に転校してから、私はNYの感覚で蛍光色の髪ゴムをブレスレットがわりにつけたりアンクレットをつけたりして、ある日登校しました。すると、健康診断の日には保健室のおばさんに「やっぱりアメリカの子は違うのね」と驚嘆され(厭味な感じはなかったですが)、クラスメイトには「六年生に目をつけられるからやめな」と言われました。「目をつける」の意味を聞き返して笑われましたが、上級生に怒られるのは嫌なので、それ以降自粛していたなと思いました。今は近所の小学生女子がちょっとヒールがあるサンダルで登校しているのを見て、それでは外遊びができないのではと思うくらいなので、もう少し自由なのかもしれません。

    ただ、幼稚園は逆に厳しくなっているのですね。当時の妹の日本の幼稚園(私は日本の幼稚園に行ったことがありませんが)を見ていても、行き帰りに指定のスモックと帽子さえ身に付けていれば、園では動きやすい格好であれば自由だったと思うので、そこまで縛るのはショックでした。長くてすみません。

  4. Yukiさん、コメントありがとうございます。ご経験を踏まえてのコメント、とてもうれしいです。そして、勉強になります。娘も日本に帰ると、Yukiさんと同じような経験をするのかなあと思うと、環境の変化に上手く対応できるようにある程度導いてあげなくてはならないなあと考えさせられます。

    最近の小学生は、ヒールのサンダルで登校するのですね!それもびっくりです。

    私も保護者として知った保育園の規律の多さには驚きました。私自身は日本の幼稚園に通っていたのですが、わりと自由な感じだったので。ここ30年くらいで、おそらく、親からに要請等も反映して徐々に厳しくなっていったんじゃないかなあと想像してます。。

    熱いコメント、ありがとうございました!

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