こどもを職場に連れてくるのって変?

こんな記事がFacebookでシェアされているのを見かけました(記事はこちら→赤ちゃんを抱えて授業?! ある先生の粋な計らいが海外で話題に英語の記事はこちら))。泣きだした生徒の赤ちゃんをあやしながら授業を続けた先生を称賛する記事です。この記事を読んだときにわたしの頭を支配したのは「違和感」でした。なんでこんな普通のことが感動を呼んでいるんだろうと

NYCに来てから私は、学生をし、卒業後は、短期間ずつではありますが二か所で働いているので、学校と二つのオフィス、計3つの異なる「オフィシャルな場」を経験しています。そしていずれの場所でも家族や子供が来ることを拒まれたことはありません。(下の絵はとなりのトトロより筆者が模写)

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「子連れ」に寛容なアメリカ

まず、学生のために大学が主催したパーティーに子供を連れていくこともありました。大学の気楽なパーティーは、学生だから許される、ということもあるかもしれませんが、会社の歓送迎会に連れていっても皆娘を温かく迎え入れてくれました。

また業務外のパーティーだけではなく、業務時間中のオフィスに子供を連れていくことも。平日学校が休みだけれども、どうしてもベビーシッターの手配がつかなくて、それでも仕事をやる必要があるとき、休日出勤をしなくてはならないとき。5歳にもなると母親の状況も理解しているので、おとなしく、絵をかいたり宿題をやったりしててくれますし、自分の母親が働いているオフィスに行き働いている姿を見る、というのはとても嬉しい特別なことのようで、「静かにしなきゃだめよ」という注意を日頃と全く別人かと思うくらい守ってくれます。こども本人にとっても、なんだか誇らしい気分になるようで、その後も何度もママのオフィスではねー、という話を友達にしたり私にしたりしてきます。

そんな私の行動が、「非常識」かというとそんなことはありません。

大学にて

まず大学にて。私の通っていた大学院は、そもそも母親が少ないのですが、ちらほらといました。ある日、生後数か月の乳児を抱えた生徒が、教授の許可を取った上で子供も連れて授業を受けていました。ちょうど教授がとうとうと話している最中で、生徒は集中してその話に聞き入っていたとき、その赤ちゃんが大きな声で泣きました。その赤ちゃんが泣いた時の教授は、怒るでもなく、無視するのではなく、こう言いました。「おっと、小さなお客さんは、ぼくの意見に賛成のようですね」。もちろん教室は温かい笑いで包まれました。

授業後、母親である生徒は、すごく恐縮しながら、その教授に感謝と謝罪をしに行っているのを私は見ました。教授は、笑顔で「謝ることなんて全くない。いつでも連れておいで。」と。

別のある日。バレンタインデーの前日。NYCは吹雪で、公立学校はすべて閉鎖され、娘のPreschoolも閉鎖され、家にいました。ただ、その日は私は授業がある予定。こんな吹雪の日ですから、当然ベビーシッターなんて見つからない。大学からは授業閉鎖の連絡は特になく、どうしようか迷った挙句、私は教授に、「娘を授業に連れていきたいのですが宜しいでしょうか」とメールをしました。教授からは、「大学は休講にするというアナウンスを出すようなので、今日は休講になると思うよ!こどもにバレンタインデーのキャンディを買ってあげてね!」という返事がきたのですが、そんなやりとりの後、彼がクラス全体に出したメールが本当に素敵でうれしいものでした。

”Our class will not meet today, February 13, because of the snow. I have been told that the University will cancel all classes after 3 pm today, but I have not seen an official announcement of that. In any event, our class is cancelled. One of your classmates could not get child care and asked if she could bring her very good daughter to class. This tempted me to soldier on and teach the class, but alas we will all have to find other things to do. Happy Valentines’s day.” (今日は大雪のため休講とします。大学側からのオフィシャル通知が出ると聞いたのですが、まだ出ていないようですね。いずれにせよ、我々のクラスはお休みです。あなた方のクラスメイトの一人が、チャイルドケアを見つけられないため、クラスに子供を連れてきてもいいかと尋ねてきました。子供に会いたいのでクラスを開きたいとも思ったのですが、ああ!残念なことに私たちはほかにやらねばならないことがあるようです!ハッピーバレンタインズデー!)

家族がオフィスに来るのは普通のこと

オフィスでも、学校は休みだけどオフィスは開いている、という日が結構アメリカにはあったりします。なので、結構な頻度で、子供をオフィスに連れてきている同僚を私はみます。前の職場でも今の職場でもそうでした。そして、子供を連れている同僚に対しては皆総じてやさしい。ちょうど昨日も、ベビーシッターがなんらかの事情で会社の受付に小学生のこどもを連れてきていて、お父さんを受付から呼び出していました。そのときの受付のおばちゃんの対応も、あらお父さんの職場にきたの、いいわねーみたいなかんじ。あとからたまたま会社の食堂でその子を連れたお父さんを見たのですが、そんなお父さんに同僚は、「Beautiful Daughter!」と声をかけてあげていました。

私が、オフィスに子供をつれていったときも、オフィスメイトたちは、「もちろんウェルカムだよ!」と言ってくれて、娘に牛乳やら、ココアやらを持ってきてくれたりしていました。別のオフィスから、ほかの同僚が差し入れをしてくれることも。誰も咎めないし、むしろ普段よりも温かく接してくれるのです。前の職場でも、オフィスに子供を連れていったときは、同部署のトップがわざわざ、Timonのこどもに会いたいといってオフィスから出てきて、話しかけてくださったり、別のマネジメントの女性もオフィスにおいてる植木鉢からいくつか花を摘み、娘に下さったりしました。

こういった経験を2年間してきた私としては、冒頭にあげた記事のようなことが大学の講義で起きるというのは当然ありうる話だと思うし、なんら驚きでもなかった、というのはお分かりいただけるでしょうか。でも、そういえば、、、と日本にいたときのことを考えてみました。そして考えを改めたのです。うん、日本にいたら、この記事は新鮮だ、と。

日本では考えられない「子連れ」の職場

私自身は、父の職場に休日遊びにいったことが何度かあります。でもよく考えたら、それは25年も前のこと。セキュリティ等についてわりとのんびりしていた時代だったから可能なことなのではないかと思うのです。

今の時代はどうでしょうか。少なくとも、私の日本の職場では、どんな緊急事態であれ、こどもをオフィスに連れていくなんて論外でした。休日出勤に子供をつれていくことですら禁止されている会社も多いのではないでしょうか。まして平日の業務時間に子供をつれていくなんて、到底考えられないと思うのです(もちろん、子供が親の仕事を見学する、といったような会社のオフィシャルイベントがあったりして、最近はやっているようですが、それはあくまで会社のオフィシャルイベント。わけが違います)。

オフィシャルに家族をオフィスにいれることを認めるとなると、情報セキュリティ上の観点から信用力が低下するといった話があるのかもしれません。しかし、連れていくのは家族です。何らかの問題が生じたときは当該社員が責任を負うべき話で、その社員が起こした問題と同視してもいい話で、セキュリティの観点から禁止するというのは少しナンセンスな気がします。

ほかの社員の邪魔になるし、業務にも集中できないはず、というのはわかります。でも何も、毎日連れていくわけではないのです。働く親たちが、平日に、こどもをオフィスに連れていくというのは、よっぽどの緊急自体(休みがとれない&チャイルドケアが見つからない)。周囲への迷惑を最小限にとどめるなんて当然やるべきですしやる筈です。そこは個々の従業員の裁量に任せてもいいところなのではないかと思うのです。まして周囲に迷惑をかけない休日出勤にこどもを少し連れていくというのはなんの問題もないのではないかと思うのです。では、なぜこういう日米の違いが生まれるのでしょうか。

日米の違いを自分なりに分析してみた

原因1)内と外の切り分け

まず、日本の「内(家庭)」と「外(社会)」の切り分けの大きさが多分に影響しているのではないかと思います。

日本は内と外の区別をはっきりとつける文化があるのではないでしょうか。具体的にいいかえれば、日本で強い(と私が感じる)、「外」からみたときの「内」の”見え方”を重んじる風潮、ひいては、「内」を「外」に見せることは恥ずかしい、みっともないこと、という考え方には、「内」と「外」の明確な切り分けというものがくっきり表れている気がします

日本の家庭では、お客様を家の招くとき、事前に家中掃除をして立派なご馳走を用意し、お客様が帰った後は家族全員疲弊しつくしている、ということが多いのではないでしょうか(大変親しい友達を招くときは別にして)。実家では、新聞の集金の方や宅配便の方がくるときですら、ドアを開けたときに入ってくる視界ができるだけすっきりとしているように、電光石火の早業で片づけてからドアを開けるという習慣がありました。かたや、アメリカにきてから遊びに行かせていただくおうちは、どの家も、どちらかというと「日常生活」の中にお邪魔させていただく、というかんじでした。「よそ様からみて恥ずかしくないように」というルールが日本では暗黙のうちに敷かれていた気がしますが、アメリカではそれをあんまり感じません。

これは、日本企業の中で息吹いている、「家庭の事情を会社に持ち込むのはみっともないこと」という考えにも通じていく風潮なのかなと思います。

原因2)内と外の切り分けを支える、家庭内分業制度

次に、こういった「家庭の事情を会社に持ち込むのはみっともない」、「家族」と「会社・仕事」は切り離されいてるべきである、という考え方(いつの頃からこういった考えが日本に根付いてきたのかわかりませんが)は、家庭と職場を切り離せる完全分業体制が家庭内で成立しているからこそ成り立ってきているものだという気がします。いいかえれば、専業で家庭運営を担う人が家庭にいることを前提とした考え方ともいえるのではないでしょうか。

原因3)内と外の切り分けによって生まれた「疑似家族」のような日本企業

そして、「家庭」と「会社・職場」を切り離すことに成功することで、「会社・職場」の中で、疑似家族のようなものが生まれているのが日本企業であり、そういった「疑似家族」的状況から生まれた連帯感が日本企業の強みの一つでもある。つまり、職場という「公」の場面から「私」を徹底的に排除する風潮が、日本企業の強みにもつながっているからこそ、今日でも支持され続けているのではないかと思うのです。

もう少し、具体的にいうと、日本の猛烈サラリーマン/ウーマンたちは、職場において「家族」のにおいをさせません。出張と言われれば、どんな家族の事情があろうとも優先して出かけ、異動を申しわたされれば、家族の事情があっても基本的には「はい」と受諾する。従来の理想的な日本企業のサラリーマン「家族」を理由に、業務命令に従わないといったことは基本的にない。このように「家族」のにおいをさせないからこそ、職場では「家族のような連帯感、一体感」が生まれるのではないかと思うのです。

接待や残業がない日でも、同僚と飲みにいって親睦を深めたり、週末の親睦ゴルフにでかけたり、それらは、職場において、家族に似たような連帯感が生まれているからこそ行われていることだと思うのです。そしてこの連帯感が、欧米企業とは違う形で従業員のモチベーションを向上させることにもつながり、ひいては日本企業の強みにもつながってきたのではないかと推測しています。だからこそ、「家庭の事情を「公の場」に持ち込むのはみっともない」という考え方が推奨されてきているのではないでしょうか。

業務外の交流というものが圧倒的に多いからこそ、職場から「プライベート」を締め出すルールを敷いているのであり、逆にプライベートを締め出せるからこそ、業務外の交流が増える。一方で、日本人の私にとっては寂しいくらい業務外の交流というものがほとんどない、ドライな米国企業では、必要に応じて「プライベート」を職場に持ち込むことを厭わず、逆に「プライベート」を優先するからこそ、「業務外の交流」がほとんどなくなる。。。紐解くとそんな構造がそこには成立しているのではないかなあと思ったりしました。

見直していかなくてはならない点もあるはず。。。

「家庭」を「会社や職場」から徹底的に排除するという考え方は、多くの日本企業がおそらくいまだに抱えているであろう、「在宅勤務」を導入することのハードルの高さ、家庭の事情を理由に時短勤務をとったり残業や出張をしないことに対する「違和感」、言い換えれば「制度を整えるだけではなくならない、共働き社員の働きづらさ、見えないハードル」に遠からず繋がっているのではないかと推測します。

原因3)に記載したとおり、職場から家庭を徹底的に排除することで生まれた強みもあるはずですが、その前提となっていた、原因2)の「家庭内分業体制」は徐々に崩れてきているのはいうまでもありません。とすると、「私」を「公」から排除する、というやり方は、会社運営をしていくにあたって、時と場合によっては見直していかなければならないと思うのです。

さらに、原因3)で記載した私」を「公」から排除することでもたらされるメリットのひとつである、「家族のような連帯感」、これは、なにも家庭を職場から徹底的に排除しなくたって、維持できるはずだと思うんです。

いわゆる「体育会」気質のわたしは、米国企業、外資系企業のようなドライなつながりよりは、日本の企業のような温かみのある連帯感が好きです(現に結婚前の私の給料は、ほぼ、付き合いの「飲み代」で消え、パートナーに驚愕され、「営業職ですか」と嫌味をいわれたりしました)。そんなわたしは、子供を産んでから、圧倒的にオフィスでの残業時間は減り、同僚との飲み会も減りましたが、こういった連帯感を失いたくなくて、空いている時間を利用して同僚とのコミュニケーションを積極的にとるようにしました。

まわりにも恵まれていたため、子供によって生じる様々な事象に対応するために、会社の制度も多くも活用しましたし、当時あまり「良し」とされていなかった在宅残業についても、上司の理解を得てやったり、異動に伴う手続きにおいても、家族がいるということで会社と交渉をしたり。。。いわゆる「公」に「私」を持ち込む社員でしたが、「あいつだけ不公平だ」といったようなあからさまな攻撃を受けることはなく(気づかなかっただけかもしれませんが笑)、こういった連帯感を失った気はしていません。むしろ、「私」を積極的に開示して理解をしてもらうことで、周囲も応援してくれましたし、より連帯感が深まった気もしています

職場に家族をつれていくのは考えられない、という風潮を考えていくと、今企業が抱えている、ダイバーシティー推進という問題を解決する糸口にもつながるのかな、そんなことを考えた週末でした。とりあえず、泣きだした生徒の子供をあやしながら授業を推進した教授の記事について、こんだけシェアされている世の中なので、きっと日本の企業も徐々にかわっていくのかなあと淡い希望を持っています。

長々と書きましたが、まあ、何がいいたいかというと、あんまり堅苦しく考えないで、困ったときは、会社も家庭も支えあえるよう、柔軟な対応をしていけたらいいね、と一言でまとめると、そんなところ。

それでは今週もがんばりましょう!

One Comment on “こどもを職場に連れてくるのって変?

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