欧米流子育て!?-「ウチのしつけ」に専門家登用

小学生か中学生くらいの頃、「アリーmy love (原題 Ally McBeal)」というドラマに姉がはまっているのに乗じて私も一緒に見ていました。渡米前に英語の勉強を兼ねて改めて見直すと、同年代のアリーが一喜一憂する様子が実は結構自分自身にあてはまるものがあったりして、再びはまりました。このドラマでよく出てくるシーンの一つが、変わり者のアリーが、カウンセリングに通い、カウンセラーに自分の思いをぶつけるというシーン。子供の時も、大人になってこのドラマをみてからも、「カウンセリング」に行くというのが日常の一環になっているように描かれている様子は少し不思議でした。

ほかにもいろいろな米国ドラマにハマってみたりしていた(る)のですが、多くのドラマで、カウンセラーの下に通う登場人物の姿が描かれています。そして漠然と感じていたのが、わたしにとっては(おそらく多くの日本人にとって)、どちらかというと非日常の類に入る、カウンセリングというものが、米国ではより生活に近いものなのではないか、ということ。

なんだか不思議だなあと思ったものです。家庭内の問題というものに、「赤の他人」であり、友達でも何でもない人が、話を聞いただけでアドバイスをする、ということが、本当に効果があることなのだろうかと。友達や親族等に相談すれば足りるのではないだろうかと。

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カウンセリングが身近な世界

ニューヨークで生活をしていると、ドラマで見聞きしていたこと=カウンセリングが身近なものだということ、が結構現実的な話なのだと気づきました。特に欧米人の間でそういった考え方が根強い気がします。そして、カウンセリングはこどもの教育、しつけでも積極的に利用されているのです。

例えば、親しいママ友は、定期的にカウンセラーに家に来てもらって、こどもの様子を見てもらい、アドバイスをもらっていました(そのこどもは、何か特別に成長、発達具合に大きな問題を抱えているというわけではありません。)

またある時は、こんな話をされました。

「この前、うちに招待した友人家族のこどもがとんでもなく暴れん坊で、家中を散らかして帰ったのよ。私、心配になって、カウンセラーに電話してアドバイスを求めて、友人家族に伝えたわ」と。

彼女がカウンセラーと電話している場面にも出くわしたことがあります。ママ友と電話してんのかなあ、と思ったら、相手はカウンセラーでした。

しつけに関するカウンセリングは「特別」「非日常」な日本

そういったことを見聞きしたとき、少なからずカルチャーショックを受けた私。専門家に子育てのアドバイスを求める、というのは、何かよっぽど問題を抱えているような「特別」なケースであり、非日常だと思っていたからです。(子供の教育という意味では、日本では「お受験対策」のようなセミナーは大量にありそうですが、今回はそういった「教育」についてではありません)

以前こどもを職場に連れてくるのって変?にも記載しましたが、「内」と「外」の切り分けが強い日本では、こどもの教育に関しても、基本的に「内」にて解決すべき問題だという意識が強い気がしています。結果的に、こどものしつけ等に関して、専門家のカウンセリング等を利用するのは、「よっぽどの」ケースという認識が根強いのではないでしょうか。

ところが、ニューヨークでは、どこの家庭でも普通に抱えていそうな子育ての問題について、積極的に専門家を起用し、日常的にアドバイスを求めているのです。また、学校やPTA主催で、教育の専門家、カウンセラー、精神科医を呼んで、親向けに講習会をするということもよくやっています。「お受験対策」とかではなく、「しつけの方法」や「こどもの成長にあわせたコミュニケーションの方法」などなど。

ただ、こういった講習について、仕事の時間を割いてまで、そういったセミナーに参加して得られるものは大きいのか、やはりどこか懐疑的だった私。ましてカウンセラーを個人的に起用してアドバイスを求めることについて、費用対効果が高いとはとても思えなかった私。結局、「欧米人独特の文化」と整理して、これまではそういったものへの参加や利用を避けてきました。

参加する意義があるのか懐疑的なまま、教育法セミナーに参加してみた

ところが、先日、都合がつく上に、娘の新しい学校のイベントということもあり、「しつけ」の専門家によるアドバイスに懐疑的なまま、学校が無料で提供してくれるこどもの教育法セミナーに参加してみました。

感想は・・・やはり、食わず嫌いはいけないな、ということ。とても面白いし、自分自身を客観的に振り返る良いチャンスとなりました。そして、日本人も積極的に「ウチのしつけ」といった教育に、専門家のアドバイスを求めたり、学校側がセミナーを主催するといったことがなされていったらいいんじゃないかな!と心底思いました。

セミナーの内容は、「きいたことがある」「言われてみれば、そのとおり」といったことが多いことは多かったのですが、それでも、言われなければ、普段は気づかないことに改めて気づかされたり。また、長い研究の蓄積で積み重なっている理論に基づいて説明を受けるので、感情論で、あれはダメ、これはダメといわれるよりも数百倍説得力がありました。そして結果的に、自分を冷静に、客観的に見つめなおす、大きなきっかけを与えてくれました。

考えてみれば当然のこと。例えば、仕事では、自分の専門外の事項については、積極的にセミナーに参加し、勉強をします。自分の得意な分野であっても、最新の知識を補ったりするためにセミナーに参加したり、専門家を起用したりします。それが最も効率的だからです。

子育てだって、同じはず。考えてみれば、わたしたちは、子育てや、こどもとのコミュニケーションの専門家でもなんでもありません。わたしであれば、「母親」としてはたった6年のキャリアしか積んでいないのです。しかも、6歳児の親というのは未体験のエリア。はっきりいってど素人です。どんなにベテランママだって、例えば、こどもとのコミュニケーションの取り方について専門的な勉強をしてきた人というのは少ないはず。要は素人なんです。

であれば、先に挙げたように、わたしの友人のように、専門家を起用して、アドバイスを仰いだり、積極的にセミナー等に参加するということは、子育てをより良いものにするうえで効率的&効果的なことなのではないでしょうか。セミナーに参加してそんなことに気づかされました。

日本人の「感覚」

それでもきっと、(子の受験対策ならまだしも)「しつけ」「コミュニケーション」に、専門家をわざわざ起用するのは、日本人の感覚としては、どこか「違和感」が感じられるところなのではないかなあと思います。その根底には、やはり、「内」のことを「外」に持ち込む、さらすのはみっともないこと、という独特の認識が、人々の意識の根底で脈々と流れているからではないかと思うのです。

職場でも強く感じていた、そして、多様な企業社会の形成を阻んでいると強く感じた ”「内」と「外」の切り分け” というものが、実は自分自身の、「こどもの教育/しつけ」についての考え方にも深く根付いていたなんだなあと思わされた出来事でした。

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