ああ夏休み◎娘6歳、日本の小学校に一人短期留学をさせてみた

img_4500さて、学校が始まりました。日本では2学期が、香港やアメリカでは新学期がスタートです。

前回「ああ夏休み◎学童ないけど、どうしよう in NYC」でも紹介しましたが、この夏6歳の娘は、香港で通っている学校が夏休みに入った週末から日本に飛び、関西の祖父母宅にホームステイさせていただき、近所に住む従姉が通う公立小学校に3週間通い、残り3週間は曽祖母の家に遊びに行くなど「日本の夏」を満喫しました

今日は、そんな娘の日本の小学校短期留学体験について、ご紹介したいと思います。

きっかけ

きっかけは、日本語に対する危機感。3歳のときからアメリカへ行き、2年間のアメリカ生活では、親に話しかける時ですら英語になるほど、どっぷり英語環境に浸かっていた娘。香港に来てからは、日本に帰国する回数があがったこと、祖父母と時差がほぼなくなり毎日喋ることができるようになったことから日本語がある程度戻ってきましたが、それでも、同年代の子どもと同じような日本語力とはいえず。。。

アメリカにいたときから、アメリカの長い夏休みと日本の短い夏休みとのギャップを利用してこどもを日本の学校に一時的に送る人がいるというのは知っていましたので、我が家もこれを利用することに。

準備

まずは、娘単独のホームステイについて、お世話になることになる義両親と義妹さんに連絡し、快諾していただきました。

そして、娘が通うことになる学校のホームページをチェックし、連絡先を入手。運良く、メールアドレスが掲載されていましたので、そのメールアドレス宛に5ページ超に及ぶ依頼信を(夫が)作成。

依頼信には、我が家の紹介、娘の日本語力レベル、その他の科目のレベル、受けてきた教育などについても記載。体験入学が実現した際には、両親は香港に残りつつ、1人で祖父母宅に滞在しながら通うといったような説明も記載しました。

夫の熱のこもった嘆願書ならぬ依頼信をメールで送るとすぐに教頭先生から快諾の返事がありました♪

そして、両親なしの祖父母宅ステイができるように、冬休みには、二週間の一人ホームステイも経験させました。

いざ、学校へ

さて香港の学校が夏休みにはいった後の日曜日いよいよ日本へ。

一人短期留学の予行練習として、冬休みにも一人で祖父母宅で2週間ホームステイしていたのですが(6歳の娘がひとりで飛行機に乗って日本に行った話(上)シリーズご参照)、そのときとは違って、今度はフライトはお父さんと。学校の先生に挨拶するためにも、本プロジェクトの最高責任者であるお父さんが休みを取って日本にまでついていきました。

わたしは、6週間離れることにまず不安がいっぱい。彼女が生まれてこの方6週間も離れるなんてことなかったので。冬に2週間一人ホームステイしているときは、後半1週間は毎晩電話をかけてきて半泣きだったし。。。。皆が前を向いて座る教室スタイルにすら慣れていないうちの子が日本の学校になじめるのかしら。。。。と考えだすと不安が不安をよび落ち着きませんでした。

さて、当の本人はというと、初登校の日、最初はものすごく緊張して、挨拶のときも、担任の先生の後ろに隠れてしまったとか。それでも、海外で育った子が同じクラス&同じマンションにいて仲良くしてもらったりして、初日から充実感一杯の顔で帰ってきたようです。その後も、みんなにやさしく&サポートしていただき、本当に楽しくて楽しくてしようがない日々だったようです。親の私の方が寂しくて、毎日Fact Timeするも、「ママ!今忙しいから!」と速攻で切られたり。楽しんでいる証拠だなと思いつつも、娘の独り立ちがちょっぴりさびしい母でした。笑

短期留学の感想

さて、私はリモートでしか様子はわかりませんでしたが、娘の短期留学で感じたこと、香港・NYとの違いを中心に、3つ挙げておきたいと思います。

その① わかりやすく安心感のあるカリキュラム

これはもうひとえに、私が日本で生まれ育ったからだと思いますが、とにかくカリキュラムがわかりやすいっ!そして、着実に伸びていることがわかるので、ちゃんとやっているんだなという安心感が大変強かったです。

その大きな要因はなんだろう。そう思って、まず気づいたのが、教科書やドリルがあること。笑。NYでも香港でも、教科書がない学校にいっている(た)ので、いまいち、学期や学年全体でやることと現在の進捗状況がよくわからなかったのですが、教科書があると、それは一目瞭然。わかりやすい目標がないと動けない典型的な受け身人間の発言ですが、やはり親としては全体感が見えるという教科書はありがたい存在でした。

さらにいうと、、しっかり基礎を身に着けさせて次に進もうとするやり方が、より「ちゃんと学んでいる!」という感想を親に持ちやすくさせていたのだと思います。テストがあって理解できているかわかるし、漢字も九九もできるまでやらせる、繰り返させる、というのを徹底的にやらせてくれる印象がありました。

香港でいっているインターは、自ら調べて学んでいこうという姿勢を追及するところで、理解をすることに重点を置いており、ドリルの繰り返し練習とか、問題を解くスピードとかは特に重視しておらず、そこに不安を覚えていたのでなおさら、日本の学校のスタイルが「懐かしい」と同時に、安心感にあふれるものだったのだと思います。

その② 「皆と一緒がいい」

学校が始まった日、かえってきて娘はすぐに夫にこういいました。「私以外はみんなランドセルだった。わたしもほしい。水着とかも全部一緒がいい。」と。

少なからずびっくりしました。娘は、学校がはじまるまえに、「学校に行くのは3週間だから、自分がもともと持っている鞄とかでいいよ」といっていたのでなおさら。

たしかに、香港でもNYでも「○○ちゃんも××ちゃんも、これを持っているからわたしもそれを持ちたい」というようなことをいうことはあったのですが、なんでもかんでも一緒がいいということはあまりなかったからです。服装にしても、自分の好きなものを持っていくのがクールだ、みんな違って当たり前、違うのがかっこいいという価値観の中で暮らしていた娘が、25年前の自分と同じ価値観になっている!ということに驚きました。

私が学生の頃、みんな違ってみんないい、ということはオトナは口をそろえて言うけれども、いざ求められることは、みな同じようにふるまうこと、でした。その中で、優等生になるべく、決められた枠の中で動くことが最善だと学び、その枠からはみ出す人に対しては、しらーっとした視線を送る、私は、そんな嫌なこどもでした。もしかしたら、「空気を読んで」「人と違うことをできるだけ避けたい」と思いながら日々仕事をしているわたしは、本質的には今もかわっていないかもしれません。そんな自分が本当に嫌なので、こどもにはそうなってほしくない、自分でいいと思ったら人と違っても乗り越える強さを身に着けてもらいたい、と思って育て、教育環境を選んできたので、、娘の発言には少しショックでした。

とはいえ、まあ、いきなり日本語もつたない中で、知らない子の中で入っていく以上、そう思うのも仕方ないかな。日本の学校だからどうこう、という話でもない気もしています。私の子供時代に比べるとびっくりするくらい、ランドセルはカラフルになっていましたし!笑。みんな違うのが昔よりは「当たり前」になってきているのかもしれません。

結局、少しでも不安を取り除けるなら、少しでもそれでお友達の輪に入れるのであれば、というわけで、娘命の夫は、ランドセルにとどまらず、体操服、水着、鍵盤ハーモニカ、図工セット等等、すべてを一気に買いそろえていました。サマーキャンプに比べたら安上がりだーっと思っていたけれども、物を買いそろえるだけでも結構な出費になりました。笑

その③驚くべき日本語回復力

日本の小学校は本当に本当に楽しかったよう。毎日クラスのお友達と一緒に楽しそうにかえってきましたし、帰宅後も近所に住む従姉弟も毎日遊んでくれて、週末も一緒に色んな所に行けて大変充実した毎日だったようす。

英語を一切使わない環境に入り、しかも日本の学校が楽しかったため、娘の日本語は、驚くほどの進化を遂げました。毎日電話でしゃべっても、その違いが明らかでした。

NYにいたときは、自分はアメリカ人であると固く主張していた娘ですが(これはアメリカ教育の大きな特徴かと!)、香港でインターに入ってからは、日本人であることを強く意識するようになっていました。だからこそ、日本に「戻って」日本の学校で学び日本の文化に触れることが、うれしかったのでしょう。日本語の本も、日本のアニメも積極的にみて、日本語だけではなく、日本の文化、日本人の考え方をどんどん吸収していき、こころなしか、写真にうつるときのポーズまで「日本の」小学生になっていました。

言葉でいえば、滞在先が兵庫県だったこともあり、関西弁まで身に着けました。「ほんま?」というちょっと不思議なイントネーションの関西弁を聞いたときは本当に驚くと同時に、それだけ楽しめていることがわかってうれしかったです。

香港に戻ってきたタイミングでは、完全に日本語脳になっており、ふと口をついて出る言葉が日本語に。たった6週間でこうなるということは、逆に言うと、本帰国した際には、英語が失われるスピードも早いんだろうなと実感しました。海外に住んでいて子供の日本語に不安を持っていらっしゃる方は、日本への短期留学は本当におすすめです。

まとめ

日本で、むちゃくちゃ楽しく充実した夏休みを過ごしてきた娘。心身ともに大きく成長してかえってきました。それもこれも、温かく迎え入れてくださった、学校、先生、クラスメイトのお友達やお友達の親御さん、そして預かって下さっていた義両親、色々なイベントのアレンジをしてくださった、義妹さん家族の、大きな大きな大きなサポートがあったからこそです。

本当に本当にありがとうございました

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