親子で居候 in NY with イスラエルファミリーその②~無知を思い知らされる大人時間~ 

娘と二人で、イスラエル人のお友達ファミリーの家に居候したときの記録、第二弾。

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はじめに

ニューヨークでの忘れられない思い出の一つに、イスラエル人お友達ファミリーのおうちでの3週間に渡る娘と二人での居候生活があげられます。深い感謝の気持ちを込めて、そのときのことを記録しておきたいと思います。というわけで、今回は、居候記録 in NYの第二弾。

毎夜繰り広げられる大人時間

親子で居候 in ニューヨーク with イスラエルファミリーその①~一緒に暮らして初めてわかる生活習慣の違い~ に記載したとおり、居候先では、こどもたちは、先に夕飯を食べて寝かしつけられ、大人はこどもが寝た後に夕飯の準備が始められ9時半‐10時位から夕飯がスタートしていました。そこでは、大人たちだけの食事と、大人たちだけの大人会話が繰り広げられるのでした。

私がいるので、友人も気を使ってくれたのでしょう。とにかく、毎晩、みっちり11時過ぎ、遅い時は、12時近くまで語り合いました。くだらない話題から、お互いの文化、歴史、政治、時事ネタ、など、話のテーマはものすごーーーく多岐に及びました。そして、この議論で、改めて、自分の無知さ加減を思い知らされると同時に、これまで学校で学んできたことが全く無駄ではないということを改めて感じたのです。

自分自身の「日本についての知識不足」にげんなり

友人にとっても、「日本」というのは未知の世界。私にとっても、「イスラエル」や「ユダヤ教」というのは未知の世界。だからこそ飛んでくる数々の質問には、的確に、伝えなければならない、という使命感を勝手にわたしは持っていたのですが、それが案外難しいのです。

まず、自分自身の知識の不足。私の受けた質問の例をあげるとこんな感じ。。。

今日従軍慰安婦の記事を読んだんだけど、これは何?何が議論となっているの?日本ではどういう見解があるの?あなたはどう思うの?

日本の男女の働き方はどうなっているの?昔はどうだったの?今の専業主婦の比率は?

日本の社会保障制度はどうなっているの?

日本の貧富の差はどうなっているの?

日本の教育システムは?米国との教育システムの違いは?

日本の天皇制とはなに?イギリスの王室とはどう違うの?どういった歴史を経て現在の形に至っているの?

・・・などなど。枚挙にいとまなし。

Yahoo!ニュースのアクセスランキングの高い記事をぼーっとクリックするだけの怠惰な生活を送りがちだった私としては、これらの矢継ぎ早の深い質問に答えるだけの知識の土台が非常に脆弱となってしまっており(というかもともと持っていなかった。。。)、かなり脇汗をかきながら、というか、頭をフル回転させながら、必死に答える始末。。。

知識も脆弱な上に、拙い英語で答えなければなりません。これは本当に苦しかったし、情けなかったです。ときには、「その点、持ち帰って検討します。。。」と仕事で言ってしまうようなセリフまで自分自身の口から飛び出してしまい、調べて翌夜解説するという。。。。はあ。。

自分自身の「世界についての知識不足」にさらにがっかり

さらに、がっかりしたのが、自分自身の世界についての知識不足にあらためて気づかされたこと。

一番ショックだったのは、”Antisemitism”と説明されてもなんのことかはじめは全然わからなかったこと。しばらく話をきいてもなんのことかさっぱりだったので、その場でスペルを言ってもらって、その意味が「反ユダヤ主義」だと知る、という。。。ああ、情けない。

 

しかも反ユダヤ主義について、単語自体は聞いたことがあるけれど、その具体的な内容、問題点、現在の状況なんて全くわからず、友人に話を聞いて、部屋に戻った後、あわてて、Wikipediaやらその他のネット情報を検索する私。

これだけユダヤ人の多い地域に住んで、しかも身近にユダヤ人の友人が多く増えている中、そういった社会問題について全く鈍感になっていた自分に本当がっかりでした。(反ユダヤ主義、ユダヤ人の迫害について、友人と話したことについては、また別の機会にかければと思っています。)

「学校の勉強」って無駄じゃない

ただ、自分自身の世界についての知識不足、日本についての知識不足については、居候中の大人時間にかかわらず、NYに行ってから常々感じるところでした。留学先のロースクールでも、その後の仕事場での会話でも、世界の歴史や社会問題に関する最低限の常識は持っていなければならないし、新聞の内容、ニュースの内容というのは常に追っていなければならないのだということを痛感したのです。

もちろん、下らない、誰々がかっこいい、とか、あの人の服装のセンスはどうだこうだ、とか、いった世界共通の女子トーク、恋愛トーク、噂話なども多いのですが、世界中から色々な人が集っているニューヨークでは、お互いの文化や歴史、社会を説明したり、理解するための会話も多く繰り広げられます。

例えば、職場の同僚(スペイン人)から、日本では、今、安保法制が問題になっているらしいね、日本の憲法では、軍隊はどういう立てつけになっている?安保法案は何が議論の対象なのだ?と聞かれたりしたときは、スペイン人がなぜこの法案を知ってるんだー?とまずはびっくりしましたし、その後の説明には一苦労。日本人の同僚に結局助け舟を出してもらう始末。

また、世界のトップニュースともいえるような問題は、コンスタントに話題に上るので、知らなかったら、冷や汗をかくことも多数。日本にいたときは、雑談でのぼる話題は、日本国内のニュースが多かった気がするのですが、ニューヨークでは、アメリカのニュースにとどまらず、世界のトップニュースが話題に上がることが多く、自分の視野をもっと広くもって、常に情報収集をしなければ恥をかくということを再認識

それから、小中高大で学んできたことって全く無駄なことってなかったなと実感したのも実は初めてかもしれません。特に、日本史、世界史、地理、倫理、政治経済については、仕事を始めてから役に立ったなあと思うことがあまりなかったんですが、今回ばかりは、このときに蓄えてきた(そしてほとんど記憶のかなたに消え去ってしまった)知識を毎回必死に掘り起こして、話についていっていました(ついていけてなかったかもしれませんが)。

例えば、南ア出身の友人と話をしているときに、南アのアパルトヘイトについての知識を持っておくことは必要でしたし、南アはどういう植民地支配を受けてきたのか、そのためにどういう人種構成の国になっているのか、といったこともなんとなく把握していなければ、相手に失礼なことも話してしまうかもしれないし、知っていればそれだけより深い会話ができるようになる(と思う)のです。

どっかの政治家が、サインコサインタンジェントは、女性は覚える必要はないとかなんとか、しょーもない失言をした、なんて記事を少し前に読みましたが、どんな分野にいっても、それまで学校で学んだ知識というのは必ずどこかで役に立つし、世界でいろいろな人とより深く話していくには、そういった知識をきちんともっておくことが大事であることを、友人たちとの会話で実感。またそれが、日本人として海外に行く人の義務でもあるように感じました。

そして、なによりも、エンタメアクセスランキングばかりクリックしている自分をちょっとは自重しなければと思ったのでした。

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